第132話 派閥争い

 最初の自衛官と叶恵達の顔合わせはお世辞に言っても好意的とはいかなかった。


 だがそれでも圧倒的な実力差を見せつけることで、叶恵達は自分達が主導権を握る形で訓練を開始したとのこと。


「だけど他の自衛官達もこの調子で来られると、それこそ今後の訓練にも支障が出るんじゃないか?」

「心配は無用じゃて。なにせ最初に送り込まれた連中は、儂らのことを疎ましく思っている派閥から送り込まれた奴らだからのう。なんでも上から儂らに少し怖い思いでもさせてやれとか言われておったようじゃぞ」


 自衛隊は巨大な組織であり、そこに所属している人間の数も膨大となる。


 だからそれだけの数がいれば中には態度や素行の宜しくない輩も存在するということらしい。


「つまり最初に送り込まれてきた自衛官は、聖樹の主という地位をなんとかして奪い取りたい連中からの刺客みたいなものってことか」

「そういう奴らがバラバラで野放しだと、いざという時に困るからのう。ちょっと裏から手を回して、この機会に一度にそういう連中が送り込まれるようにしておいたということじゃ。そこで力の差を分からせておけば、余程の阿呆でもない限り下手な行動を取る奴は現れんじゃろうて」


 覚醒者となったことで普通ではない力を得る。


 それにより自らが選ばれた強者だという認識に陥り、力に溺れるケースがあるのは自衛官でも変わりはない。


 だからこそそういう奴らがバカなことを仕出かす前に釘を刺しておいたという事か。


「それと言っておくが、自衛隊全体で見れば儂らの評判は決して悪くはないぞ。特にお前さんや叶恵などは、沖縄での活躍もあって一部の隊員からはかなりの支持を集めておるからようじゃからのう。まあ一部の上層部からしたら、それも面白くないんじゃろうがな」


 下手に俺達に周りからの支持が集まって、聖樹の主の地位を奪い取る際に問題になるのが相手からしたら嫌だってことか。


 だからそうなる前に支持していない隊員を動かしてどうにかしようとした。


 いや、目の前の人物がそうなるように唆した、というのが今回の件の真相なのだろう。


(だから指導役に一鉄じゃなくて叶恵と茜が選ばれた訳か)


 割と常識的な考えを持っていてまともな一鉄よりも、あの二人の方が力に溺れる輩に恐怖を与えるのは得意だろうし。


「それで余計なことを仕掛けてきている派閥連中とやらの特定は済んでるのか?」

「勿論そちらも把握済みじゃよ。旗頭となっているのは与党でも重鎮の議員で、他に野党などの一部議員や官僚なども手を貸しているようじゃ。そいつらに共通して言えるのは、その大半が現在の主流派から外れておって、基本的に落ち目と思われていた連中ということじゃの」

「なるほどな。そいつらは今回の件を利用して、その落ち目からの脱却を目指しているってところか」


 魔物や邪神陣営に対抗するためには人類一丸となって立ち向かうのが理想だ。


 なにせ敵はそれだけ強大で脅威であり、負ければどんな派閥だろうと関係なく人類全体が滅ぼされるのだから。


 だけどそれでも残念ながらそうはいかないのが人間という種族の性、あるいは業とでもいうべきものなのだった。


 魔物の脅威がこちらよりもずっと周知されていた異世界ですらそうだったのだから、これを完全になくすのは不可能なことだと思っておいた方が賢明というものだろう。


(それにこっちだと魔物の脅威についてもまだまだ甘く見ている連中もいるだろうしな)


 魔物は出現する地域も限定的で、今のところは通常の銃器などの現代兵器で倒すことも難しくない奴ばかりだから多少は苦戦しても最終的には人類が負けることはない、みたいに思っている奴らがいてもおかしくはない。


「安心せい、こういう阿呆共を相手にするとかの面倒事に関しては、今後も儂が全て受け持つからのう。じゃからお前さん達は魔物と戦いダンジョンを攻略することを最優先にして動けばよい」

「正直、邪神陣営との戦いだけでも手一杯な状況だからな。助かるよ」


 そういう足を引っ張る邪魔者など、面倒事を起こされる前に全て排除すれば良いと思うかもしれない。


 正直今の俺達ならその気になれば実行可能だし、それこそ茜や叶恵などが本気になれば突っかかってきた自衛隊連中なども一瞬で皆殺しに出来たことだろう。


 だけどそれではダメなのだ。


 そういう奴らでも上手く利用すれば戦力になるし、なにより下手に粛清などを敢行しようものなら、その状況を邪神陣営が嬉々として利用するだろうから。


 だからどうにかして俺達に協力的でない派閥だとしても、上手く活用していかなければならないのだ。


 そうでなければこの戦いに勝つことなどできやしない。


「それにこういう連中は一つにまとまってくれた方が、こちらが良いように利用する際にも助かるからのう。下手にバラバラで動かれると対処し切れなくなるし、なにより処分する時に手間が掛かるのは困るわい」


 その言葉にはこの程度の奴らがどれだけ集まっても問題ないという自信が込められていた。


 だからこそそういう奴らにはまとまっていてくれた方が一気に処分できることなのだろう。


「その口ぶりだと、そのための準備も既に整っているみたいだな」

「その時の状況にもよるが、色々な事の責任を押し付ける人身御供にさせてもらうのが無難なところじゃろうて。奴らの汚職の証拠なども儂の能力で簡単に見つけて確保できておるから、やるとなればそれこそあっという間に終わるわい」


 カラカラと笑いながら悪魔のような発言をする先生。


 条件さえ整えればありとあらゆる秘密を暴くことが可能なこの人の前では、政治家などのどうしても薄暗いところが生まれやすい相手などカモでしかないという事だろう。


 いや、あるいはどんな職でも関係ないのかもしれない。


 それこそ何の罪も犯したことのない非現実的なまでに清廉潔白な人間でもなければ、隠している秘密を握られることは致命的になるものだろうし。


(かと言って仮に清廉潔白で信じられないくらいに正直な人物が存在したとしても、そんなバカ正直者では老獪な先生の相手にならないと)


 それこそ清廉潔白で正直だからこそ、先生の良いように動かされて利用されるとしか思えなかった。


「それよりも譲。お前さんに一つ頼みたいことがあるんじゃった」

「頼み?」

「正確には日本政府からの頼みじゃが、今後の事を考えると受けておいて損はないと思うぞ」

「別に先生がそう言うのなら受けても構わないけど、その内容は何なんだ?」


 この先生がこちらに損のある提案を持ってくるとは思えない。だから俺は特に悩むことなく了承した上で肝心の頼みとやらの中身を尋ねたのだが、


「お前さんと叶恵の沖縄での活躍が米兵の耳にも入っておるとかでのう。アメリカから秘密裏に協力要請が出ているそうじゃ」


 それはこれまで後回しにしていた日本国外と関係があるものだった。

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