第131話 幕間 戦乙女と幼子による自衛隊との顔合わせと力比べ

 戦力増強のために自衛隊を鍛える。


 と言ってもそれは私が手取り足取り、戦い方を懇切丁寧に教えるというものではない。


 何故なら彼らと私達の実力差からして、まだまだその段階にないからである。


 なによりそんな面倒な行為、私が絶対に御免だった。


 自分の気まぐれでやるのと仕事として強制されるのでは気分的な意味で大きな違いがあるというもの。


「でもそれならどうやって自衛隊の人を鍛えるの?」


 東京の居住区で待ち合わせている相手を待っている私に茜が問い掛ける。


「聖樹の中のダンジョンを利用するのよ。だから最初の内はそこに放り込んで適当に魔物と戦わせればいいのよ。出現する魔物の数や種類を搾れば、そうそう死ぬことはないだろうし、それでランクアップすれば足りないステータスも補える。更に手に入った魔石で各種スキルとかも購入できるから一石三鳥って寸法ね」


 魔物との戦いについての経験を積むのなら、やはり実戦が一番だ。


 それこそ魔物中でも数の多いゴブリンやオークなどの魔物との戦い方を覚えておけば、他の時にでも色々と応用できることだろう。


「うーん、本当にそれで良いのかな?」

「キュー?」


 そう言いながら相変わらず地竜の赤子を抱いてあやしている茜。


 それにされるがまま、相変わらず甘えている地竜の赤子は見た目の変化は見られない。


 ただ茜の話では、これでも前よりは大分マシになってきているとかで、遠くない内に茜が傍にいなくても大丈夫になりそうとのこと。


 そうなれば茜も戦線復帰が可能になる訳で、戦力的にそれは大きく違うことから、私としてもなるべく早く独り立ちが上手くいってほしいものである。


「安心なさい。指導方法は私達の好きにして構わないって、賢者様からちゃんと許可はもらってるから」

「お爺ちゃんが? そっか、ならそれでいっか」

「そもそもの話、私や茜は人を指導するのに向いてないし、普通に考えるなら他の素人にも指導してる一鉄が対応すればいい。だけどそれでもあえて私達にやらせるってことは、賢者様にはそうするだけの思惑があるってことよ」


 わざわざ一鉄ではなく、私と茜という女子供を指導役に選んだ。


 その時点でこの後に起こるであろうことは簡単に予想できたし、そうなった際にどうして欲しいかも大よそ聞いている。


(大方、上下関係は最初の内に叩きこむに限るってところでしょうね)


 私や英雄様の実力を思い知っている一部の自衛官ならともかく、事情を知らない人からすれば私達など外見上はひ弱そうな女子供でしかない。


「こんな女子供が俺達を鍛えるだって? おいおい、いったい上は何を考えているんだ?」

「そうだな、いくら何でもこれは冗談が過ぎるってもんだ」


 だからだろう。選抜された精鋭の自衛官の連中は、どいつもこいつも明らかに私達を侮っているようだった。


 中にはこちらの実力を見極めるべく冷静に観察している人もいるようだが、その割合は少数に過ぎない。


「お嬢さん方よ。どんな強力なスキルを手に入れたのか知らないが、調子に乗るのはこの辺りにしておいた方が身のためだぜ?」

「そうそう、そんな細腕で向いてない荒事なんて止めておけよ。そういうのは俺達の仕事なんだし、これからは大人しく安全な場所にいた方が賢明だぜ」


 これが純粋にこちらのことを心配してくれての発言なら良かったのかもしれない。


 だけどそれだけでないことは発言している連中の顔を見れば明らかだった。


(ここまであからさまってことはあっちも上層部とやらから、どちらが上の立場かを分からせるように指示されているのかもしれないわね)


 実力の違いを分からせることで、自分達の方の立場が上だと分からせる。


 そうすることで自分達の有利な状況に持っていって、行く行くは聖樹の主としての立場についても日本政府が管理した方が良いという方向に持っていきたいのだろう。


「ねえ、カナちゃん」

「ん? 何?」

「どうしてこの人達はこんなこと言ってるの? 全員、私達よりもずっとずっと弱っちいくせに」

「あら、茜にはそう見えるの?」

「うん。だってこの人達はどう見たって、私やカナちゃんがその気になれば一瞬で殺し尽くせる雑魚だもん」


 この茜の言葉はそれほど大きなものではなかった。


 だけど距離的にも覚醒者となった人なら聞き逃すことのない形で発せられた言葉であり、その言葉は子供ながらにただ素直な感想を述べているのが分かるものだった。


 だからこそ残酷であり、それと同時にこれ以上ないくらいに相手を煽ることに繋がる訳で。


「あ、安心して。おじさん達は私が思ってたよりもずっと弱かったみたいけど、それでも私達が頑張って魔物と戦えるようにしてあげるから」

「ブフっ!」


 これが狙ってなのか、それとも天然なのかは分からないが、励ましの形を取りながら的確に相手を貶している茜の発言に思わず吹き出しそうになる。


 そしてこのあんまりな発言に、最初の内は言葉の意味を理解できなかった自衛官達も、段々と自分達が雑魚扱いをされて侮辱されたこと悟ったのか表情を変えていく。


「こ、このガキ。よりにもよって俺達を雑魚だと?」

「子供だからって言って良い事と悪いことがあるだろ」

「生意気なガキが。舐めやがって!」


 自分達の半分も生きていないような年齢の子供に憐れまれたことで怒りを堪え切れなくなった一人の男がこちらに近寄ろうと足を前に踏み出す。


 普通の一般人なら怒りをにじませ、その巨躯が接近してくるのを見ただけで恐れ戦いたことだろう。


 だけど異世界で勇者一行として闘いの日々に身を投じていた茜は普通の子供ではなく、またそれを守護する存在も敵意を持って近寄る対象を何もせずに見逃すほど甘くはなかった。


「ギャ!」


 茜が抱えていた地竜が一鳴きすると、敵意を向けて近づこうとしていた男の足元の地面で何かが起こる。


「こら! ダメでしょ、チッくん」


 そうして地面から伸びた杭のような一本の鋭い棘が、その男の肉体に当たるすれすれのところで茜の制止に従って停止していた。


 恐らく茜が止めなかったら、あのまま肉体のどこかを容赦なく棘が貫いていたことだろう。


「ひいっ!?」


 大分遅れて自分を傷つける寸前だったそれに気付いた男が小さな悲鳴を上げているが、それがこんな遅いタイミングでしか上がらないということは、こちらがその気になれば相手が気付く間もなく攻撃を叩き込めることを意味していた。


 今の攻撃を見切れなかった周りの自衛官もそれを理解したのだろう。

 大半が驚きながら青い顔をしている。


(予期せぬ形だけど、茜のおかげで上下関係を叩きこむのは大分やりやすくなったみたいね)


 この調子でやってしまいたいところではあったが、居住区には英雄様の家族などがいる。


 戦闘員ではない彼らをこんな騒動に巻き込むのは忍びないし、この続きは別の相応しい場所でやるとしよう。


 そう、 たとえ私や茜が暴れても問題ない例の場所で。


「はいはい、ここで騒ぐと周りに迷惑だし、話の続きはダンジョンでするわよ。どうせこの後、そこに向かう予定だったんだし。だから茜もその地竜がここで暴れ出したりしないようにしてよね」

「それは大丈夫だよ。クーちゃんならともかく、チっくんならどれだけ暴れても私が抑え込めるから」


 その言葉で子供の茜が、目にも止まらぬ速さで棘を作り出した地竜よりも強いだろうことを悟った大半の自衛官達は青い顔してこちらの指示に従うのだった。

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