第130話 居住区の解放
日本各地に設置した聖樹の運営を日本政府に任せることになったが、全てのことを丸投げにした訳ではなかった。
事情があって魔物との戦いに出られない一鉄。
それと能力的に戦闘以外の方が向いている先生には基本的に聖樹で活動してもらうことになっており、日本政府の運営に問題がないか目を光らせてもらうことになっているのである。
『儂らには他にやることが山ほどあるからのう。儂ら以外でも出来ることは他の奴にやらせるに限るわい』
『つまり散々扱き使われてる俺と同じように、政府の役人も爺さんの思惑通りに働かせるって訳か』
『はて、耳が遠くなったのか今の発言は聞こえんかったわい。いやー歳は取りたくないもんじゃなー』
『おいこら、念話に聴力は全く関係ないだろうが! ……ったく、都合の悪いことはボケたふりとかで誤魔化しやがって、この狸爺』
先生によって色々と動かされている一鉄が文句を言っているが、先生はそれをまともに取り合うつもりはないらしい。
と言っても一鉄の方も本気で嫌がっているのではないだろうが。
『てか、それより本当に各地の居住区へ収容する人間を政府に選別させるのでいいのかよ? 確かに俺達だけだと大勢を招いて管理するのは難しいだろうけどよ』
各地の聖樹の居住区にはまだまだ余裕がある。
なにせ今のところ活用しているのは東京の聖樹の居住区だけなのだから。
しかもそこも俺達の家族や関係者などだけしか利用しておらず、まだまだ収容人数的にも余裕があるのが現状である。
折角、苦労の末に聖樹という安全に生活が出来る空間が確保できているのだ。
ならば、それを利用しない手はないというものだろう。
『それはそうだが、どう考えても避難が必要な奴以外が紛れ込みそうなもんだけどな』
『確かに本来なら避難の必要のない、たとえば政治家の身内などを連れ込もうとする奴は必ず現れるじゃろう。今の世界で聖樹の居住区ほど安全な場所はないからのう。じゃがそれで良いんじゃよ』
世の中、綺麗事だけで物事は進まない。
それを嫌というほど思い知ってきている先生がそんな事に気付いていない訳がなかった。
『見返りもなしに人や組織を動かそうとしてもそうそう上手くはいかん。仮に最初の内は義務感や使命感やらでどうにかなっても、そういう無理は長くは続かんからのう』
異世界でもそれは同じだったものだ。
世界を救うためという大義を掲げて、大した見返りも求めずに活動しようとした奴や集団もいたのだが、それが上手くいくことはほとんどなかった。
また幸運に恵まれて最初の内は仮に上手くいっても、活動を続けるうちに当初の理念や理想とは違う方向へと進んでいってしまうものである。
何故なら人でも組織でも活動をする以上、活動資金などが必要になるからだ。
飢え死にしそうな人に食料を分け与えるにしても、それらを用意するのに金が要る。
またそういう活動を手伝っている人にも報酬を支払わなければいけなくなるのだ。
(それに資金をどうにかできても、それ以外の問題だって山ほどある)
異世界で魔物によって故郷を追われ、避難した先で住居や食料を分け与えられた人々。
それら全てがその施しに素直に感謝した……なんてことはなかった。
食料などは無限に作り出せる訳がない。
それは大樹のような食料を増産できる能力があっても変わらない。
だからどうやっても限りある中でやりくりするしかなく、そうなるとどうしても足りない部分というものは出てきてしまう。
それなのに一部の人間は飯が少ない、不味い。あるいは住居が狭い、もっと快適な場所を用意しろと好き勝手宣うケースが存在したのだった。
また満足のいかない生活が続き、ストレスが溜まれば揉め事を起こす人も増えてしまうもの。
居住区を解放すれば、今後はそういう細かい問題が次々に発生して、その都度対処しなければならなくなるだろう。
『悪いが俺達には、そういう面倒事に関わっている暇はないからな』
なにせこちとら世界中のダンジョンを攻略しなければならないのだから。
それも可能な限り迅速に。
『それに有能な奴が思う存分に活躍できるのなら、その程度の報酬など安いもんじゃろうて。実際に譲が家族などの関係者をいち早く避難させてるし、度が過ぎなければその行為も悪という訳でもないからのう』
妹の友人や美夜の両親などもそこには含まれている。
正直、彼らが邪神勢力との戦いで役に立つとは言い切れないし、その人達の避難を優先させたのは俺の我儘でしかない。
だからそういう事を非難する資格は俺にはないのかもしれないのだった。
『それにのう、儂らが収容する人間を選別するよりも政府にそうさせていることにした方が、こちらとしても色々と都合が良いんじゃよ』
全ての人を居住区に収容するのは現状の聖樹のエネルギー事情的に不可能。
だとすると選ばれなかった人はどうしても出てきてしまう。
そういう人達の全てが素直に納得するはずもなく、その怒りの矛先は選別した奴らに向けられることになるだろう。
そして今回の場合で言えば、それは実際の聖樹の主である俺達ではなく、管理を委託された政府という事になる訳だ。
『つまりだ、そういう怒りの矛先や面倒事を政府の奴らに対処させるってことか』
『儂らが確保した聖樹の機能を使わせてやるんじゃ。それくらいの仕事はして当然の事じゃろうて』
副総理などの話し合いの結果、俺達のような聖樹の主の存在は一先ず秘匿することとなっており、表向きには日本政府が聖樹を管理することになったと発表する手筈となっている。
そうでないと自分も主にしろと各方面から圧力が掛けられることが目に見えているからだ。
今後の事を考えれば、聖樹が世界の行く末を左右する可能性を秘めていることは簡単に予想が付くし、何とかしてその立場に食い込みたいと考える奴が現れるだろうことは容易に想像できるというもの。
実際に日本政府からもそういう提案はされたものだし。
また自衛隊の上の方では、強引にでも俺達からその権利を奪い取るべきだ、という論調が一部から出ていることまで先生のおかげで掴んでいる。
なんでも叡智の書は邪神陣営に関係しない事なら、かなり格安で色々と知れるみたいなのだ。
それもあって先生は各方面の重要人物の弱みを着実に握っているらしい。
勿論、彼らの言いたいことは理解できなくもない。
そんな大切な物の主という立場を、よく分からない俺のような個人が所有しているなど、普通なら正気の沙汰ではないことだろうから。
もっともだからと言ってその要求を素直に受け入れる気など更々ないが。
それこそ聖樹の主となりたいのなら、自分達でダンジョンを攻略して聖樹を設置すればいいのだ。
俺達としても聖樹が増えることは望んだり叶ったりだし、その行為を邪魔する気もないのだし。
(今後の日本に新しいダンジョンが現れる日もきっと来るだろうからな)
その日のためにも覚醒者の実力の底上げは必須事項であり、それについては既に手を打っていた。
そう、実はこれから自衛隊と叶恵達が顔を合わせるのである。
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