第129話 幕間 日本政府の考え
人間を襲う魔物という名の化け物にそれを退ける聖なる力を持った聖樹。
極めつけはスキルやステータスカードなどという人間が手に入れることができるようになった不可思議な能力。
それらはまるで漫画やアニメに出てくるような、実に非現実的であり得ないといっても過言ではない事象だった。
となればそんなものに対応した法律や世の中の仕組みなどある訳がなく、対処する側は後手後手に回らざるを得ないのが実情である。
だからこそ日本政府も対応はどうしても遅くなってしまっている。
だが被害を受けた人々からすればそんなことは関係がないのだ。
だからこそ非難の矛先は政府に向けられる訳で。
「ったくよ、とんだ貧乏くじを引かされたもんだぜ」
「諦めるしかないでしょう。我々はその責任の分だけ高い給料をもらっているそうですから」
沖縄の聖樹での話し合いを終えた俺と副総理は、聖樹の転送機能とやらで東京に戻っていた。
これは聖樹間を一瞬で移動できるという便利そうな機能だが、使うのに少なくないエネルギーを必要とするとかで、残念ながら乱発はできないらしい。
「金か。こんな世の中になった以上、金なんてものがどこまで役に立つもんなのかねえ」
「今のところはまだ無価値ではないですが、この状況が続けば続くほどに価値は低くなっていくかもしれませんね。なにせショップでの札束の買い取り額は他の紙切れなどのゴミと大差がないそうですから」
ステータスカードには幾つかの機能が備わっている。
ショップとやらもその一つであり、そこでは魔物から入手できる魔石や、人間がグールとなった後に討伐することで手に入る御霊石などを売却することで大量のポイントが手に入る。
ただしそれ以外でも基本的には何でも売却可能であり、それこそその場に落ちているゴミなども売ること自体は可能なのだ。
もっともその場合だと大量に売らないと1ポイントにもならない程度の値段にしかならないようではあるが。
「つまりこの状況が続けば、ポイントとやらが貨幣の代わりになる日が来るかもしれないと?」
「そして聖樹のダンジョンでは換金率の高い魔石が大量に手に入るようですから、聖樹をどれだけ保持しているかが今後の国家の行く末を左右するようになる……という可能性も否定しきれません。一部の食料なども聖樹で効率的に作れるようですからね」
スキルなどの不思議な力が手に入る上に、それ以外の食べ物や衣服などありとあらゆるものが購入可能となれば、ショップの存在価値は非常に高いと言わざるを得ない。
それ以外でもこれまでは難しかった覚醒者の数を増やすことも容易になる。
聖樹のダンジョンでは出現させる魔物の数を調整することができるそうだし、少なくともこれまでよりもずっと安全で簡単に魔物の討伐をすることはできるだろうから。
それを考えれば国家としても聖樹の確保は必要不可欠だった。
それになにより御老公の話では、聖樹の数によって人類が滅ぶかどうかが決まる可能性が高いそうだ。
このまま数を増やすことが出来なければ、遠くない内に人類全体が魔物に滅ぼされるだろうとも言っていた。
となれば日本政府としても聖樹の数を増やすこと。
そして設置した聖樹を保持し続けることはどうあってもやらなければならない事となる訳だ。
もっともこれらの話が正しいという根拠は今のところどこにもない。
昔に世話になった御老公の事を疑う訳ではないが、それでも昔の恩だけで確証のない話を鵜呑みにする訳にはいかないだろう。
(だけど少なくとも聖樹が設置された付近では魔物やグールが存在できずに消滅するのは確認されている、か)
それに聖樹の中には明らかにその大きさでは入りきらないはずの居住区やダンジョンなどが存在しているのもこの眼で確かめている。
今はそれだけでも十分過ぎるというものか。
「ところで頼んでいた調査の方はどうなりましたか?」
「ああ、あれか。結論から言えば、お前の読み通りだったよ」
少し前の事だ。厳重な警備体制を敷かれていたにも拘らず、御老公は俺と副総理がこの状況にどう対応するか話し合っている最中にどこからともなく現れたのは。
そしてそこで覚醒者となったことで手に入れたという力を見せられたのである。
逃げ出していた議員が雲隠れしている場所に始まり、この状況でも妨害することに精を出そうとしている野党議員の醜聞の数々など、どうやって知り得たのか分からない情報の数々を証拠付きで出してきたのには度肝を抜かれたものだ。
なにせその中には自分の隠していた情報まで含まれていたのだから。
政治家としてこれまでやってきたのだ。
それなりに薄暗いことをやったこともある訳で、その隠し通していたはずの出来事まで言い当てられたのだから降参するしかないというものだろう。
(まあそのおかげで一時的にとは言え、五月蠅い奴らを黙らせられたから有り難いことではあったんだけどな)
しかも付き添っていた三十代くらいの男も覚醒者であり、尚且つ他に見ない特別な力を持っていたのだから驚くしかないというものだろう。
その二人には一見すると何ら共通点などないように思えたのだが、俺から御老公の話を聞いた副総理はそうは思わなかった。
「芹沢 正一、梶 一鉄、真木 叶恵。そして真咲 譲。聖樹の設置に関連したと思われる全員が、かつて起きた飛行機事故から奇跡的な生還を果たしている……ですか」
「調べた限り記録上で怪しいところはなかったようだけどな。でも明らかにおかしな話だ」
更に言えば、御老公が何故かそれまで関わりがあったと思えない児童を引き取って育てている点も妙だった。
しかもその子まで飛行機事故の生き残りだというのだから、これで何もないという事はあり得ないだろう。
「この分だと他の生き残りの面々も何か特殊な力を持っているか、他とは違う情報を握っていると考えた方がいいでしょうね」
「だろうよ。それでどうする?」
「どうすると言われても今のところは何もせず静観するしかないでしょう。聖樹関連の話はこちらにとっても利益の大きな話ではありますからね。それになにより、かの御老公という御仁には我々が総理を排除したことも知られているのですから」
「ま、そうなるか」
そう、総理が入院している本当の理由は負傷したからでも、それによって気力を失ったからでもない。俺達がそうしているのだ。
正確には、この前代未聞の緊急事態に際して負傷した総理大臣が責務を果たすことなく逃げ出そうとした事実が表沙汰にならないように、半ば強制的に病院に入院という形で隔離しているのである。
これは徹底的に秘匿された極一部の関係者しか知らない情報であり、どうやっても一般人でその場にもいなかった御老公が知り得るはずのない情報だった。
だけど何故か彼はその事実を知っており、それを手札にこちらに交渉を迫ってきたのである。
あの時ほど御老公を性悪の狸爺だと思ったことはないというものだ。
「とりあえず今は彼らに協力しながら聖樹の恩恵とやらを存分に活用するとしましょう。それが我々だけでなく多くの国民、あるいは世界をも救うことに繋がるようですからね」
真咲 譲という男は言っていた。
自分達が世界中のダンジョンを攻略して聖樹を設置していくつもりだと。
そしてその間に確保した聖樹を自衛隊などに守っていてほしいと。
あの時の彼の目は本気であり、そこには決して揺らがぬ決意が込められていたものだ。
(そのためなら自衛隊を鍛えてくれるって言う話だし、こっちに悪い点はないに等しいからな)
近い内に打ちのめされることになるだろう自衛官の面々には悪いが、それも訓練の一環として我慢してもらうしかないだろう。
そう思いながら我々はその為の手筈を整えていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます