第128話 日本政府のこれまでの動向と聖樹の管理について

「現職の総理大臣は東京脱出の際に魔物に襲われて負傷しており、現在は安全な地域の病院に入院している。


 その言い草からして実際にはそうではないことは容易に察せられるというものだ。


 そして叶恵と共に煙草を嗜んでいる服部防衛大臣がそれを証明してくれる。


「一応言っておくが、脱出の際に負傷したってのは本当のことだし、入院が必要だったてのも嘘じゃない。ただ今は回復魔法とかいうスキルとやらが使える覚醒者のおかげもあって、肉体の方の治療は問題なく終わってはいるんだがな」


 それでも総理大臣は入院したままということになっている。


 肉体に問題はないのにそうである理由。目の前の二人の言い方からしてそれは恐らく肉体ではなく精神の方の問題なのだろう。


「外傷は治療されても死にかけたことで出来た心の傷は消えなかったってところ? 肉体の方の治療ってわざわざ言うくらいだし」

「鋭いねえ、嬢ちゃん。加えて言うなら総理も結構な年齢だったせいか、怪我をしてから急に老け込んじまってよ。ぶっちゃけると外傷はなくなっても表に出せる状態とはとてもじゃないが言い難いのよ」


 回復魔法やスキルで肉体の損傷は治療できても、失われた気力や活力は取り戻せなかったということか。


 あるいは命の危機に陥った恐怖が脳裏にチラついてしまって、正常な状態ではいられないのかもしれない。


 異世界でもそういう人は何人も見てきたし、分からない話ではなかった。


「そういう訳で現状では副総理のこいつが最高責任者って形でやってるんだが、それで穴埋めも完璧で問題なし! とは残念ながらいかなくてよ」

「ビビって逃げ出す根性ナシが出てきたり、この混乱に乗じて国家転覆を企むアホが出てきたりとかした感じね」


 叶恵の発言はまさに異世界で実際に起こったことだった。


 邪神陣営に敗北すれば人類は終わりだというのに、何故か自分だけは大丈夫だという根拠のない自信を持つ愚か者がそういう行動を取るケースがそれなりにあったのである。


 そしてどうやらこの感じだと、たとえ世界は違っても人間という種族がする行動は似たようなものらしい。


「国家転覆は流石に言い過ぎかもしれないが、まあ大体は嬢ちゃんの言う通りだな。野党の一部はこの事態の責任を与党や政府にあるように騒ぎ立ててるし、地元の安全を確認するとか言って雲隠れしてる与党議員もいるって訳よ。それ以外でもこの状況でも自衛隊が街中で発砲することに反対だとか、生き物を殺すのは残虐だとか、下らねえ戯言をほざく奴がいやがってよ」

「それ以外でも自衛隊や政府の手際の悪さを指摘する声で溢れていますし、私達も覚醒者という、これまでにない奇妙な力に目覚めた人が起こす問題の対処などに追われていましたからね。そういうこともあって政府は現在でも混乱状態を完全に脱しているとは言い難い状態ではあります。それこそ聖樹とやらが設置されず、魔物が消えなかったら未だに関係各所が機能不全を起こしたままでもおかしくはなかったでしょう」


 魔物の支配領域で活動していた自衛隊が一時的に魔物の掃討を諦めて、民間人の救助やグールの確保を主な活動内容としていたのも、その混乱が大きくなり過ぎたのも原因の一つとのこと。


 そもそも政府は先生と話すまでダンジョンという敵の本拠地について把握はしていなかったそうだが、仮に知っていたとしてもとても敵の拠点であるダンジョンを攻め入ることができる状況ではなかったということだ。


 だからこそそれを思わぬ形で成し遂げてくれて、混乱を抑える余裕を与えてくれた俺達には感謝してもしきれないと目の前の二人は言う。


「正直、意外だったな。それこそ勝手な行動をするなとか、理不尽なことを言われるのもそれなりに覚悟していたんだが」


 異世界の帰還者という特殊な立場だからこそ俺達は魔物と戦えているし、普通の人が知らないことも知って行動に移せている。


 けれどそれを知らない人達からすれば、何を勝手に妙なことをしているのかという疑念や反感を持たれることもあり得ると考えていた。


「安心しとけ。そういうことを言いそうな奴はこれから腐るほど現れるし、なんならどんどん増えていくだろうからよ。聖樹や聖域なんて安全地帯が出来たからこそ、そこでふんぞり返って好き勝手なことを言うだけの奴らがな」

「そうでなくても自衛隊の一部は不満を言いそうではありますね。一時的にとは言え、魔物の掃討を取り止めるように命じた上に不満を持っている派閥もあるそうですし」

「それなりの数の覚醒者も揃ったから、今こそ奪われた地域を奪還すべきではないか……だったか? ったく、それなりの数の部隊を派遣した沖縄での自衛隊の被害の大きさを見れば、どう考えてもそれは早計な判断だったって分かるだろうに」


 確かに俺達が到着しなければ壊滅していた部隊もあっただろうし、そもそもその状況ですら俺達のような異世界の帰還者を誘き寄せるためのものだったと思われる。


 諸共自爆で仕留めるという悪辣な罠が存在したあの場所へ。


(沖縄の人を完全に殺し切らず生存者を残していたからこそ、俺達も急いで聖樹を設置しないといけないと思わされたところはあるからな)


 だとすれば敵がその気になれば自衛隊の被害はもっと大きくなっていてもおかしくなかったのかもしれない。


 それこそ影法師に操られて味方が同士討ちしまくる、なんてこともあり得ただろうし。


「とまあ、これが魔物発生からこれまでの日本政府の大まかな動向ってところだな。どうだ、想像していたよりも情けない限りだろう?」

「それ、自分で言うこと? 普通そういう事って分かってても黙っておくべきことだと思うんだけど」

「実際にそうなんだから誤魔化したって仕方がねえだろ。そんでそれを踏まえた上で聞くが、本当に御老公から聞いていた通り、日本政府にこの聖樹や聖域の管理を任せるのでいいのか? その気になればお前達で独占するってことも出来なくはないだろうに」


 自分達の不手際を晒して、それでも大切な聖樹の管理を任せるのか。


 目の前の男はそう問い掛けてくる。だけどそれでも俺の答えに変わりはなかった。


「ああ、構わない。俺達だけで管理の手が回らない以上、どうやったって誰かの手を借りる必要があるからな」


 ただし現状では政府の関係者を聖樹の主としての登録をするつもりはなかったが。


 牢獄の件から分かる通り聖樹は主の権限がかなり強いようだし、新たな施設が増えればその傾向が更に増すと思われるからだ。


(その際でも最終決定権を俺達が握っていれば、何かあった時にも対処し易いはず)


 政府のお偉いさんやその関係者だからと言って俺は無条件に信じるつもりはない。


 どこから裏切り者が出るか分からない以上、確証がないのなら信じ過ぎないに越したことはないのだから。


 それでも利用できる相手は利用するし、活用できる人材は最大限活用しなければならないのだ。


 そうしなければこれから続くであろう邪神陣営との長い戦いを勝ち抜くことなど出来ないのだから。


「……了解だ。日本政府としても安全地帯を確保できるのはこれ以上ないくらい良い話ではあるからな。出来得る限りの協力はさせてもらおう……ってことでいいよな? 副総理」

「それは構わないですけど、一応決定権は私にあるのを忘れないでくださいよ?」


 そんな軽口を挟みながらも俺達は一先ず日本政府との協力関係の構築に成功するのだった。

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