第127話 副総理と防衛大臣

 先生が前もって東京の聖樹で説明をしておいてくれたこともあるだろう。


 転送機能で沖縄の居住区にやってきたお偉いさんの面々は、こちらが思っていたよりも驚くことなく現実を受け止められているようだった。


「本当に一瞬で東京から沖縄まで来られるのですか」

「正直、信じ難い。……信じ難いが、実際に体験した以上は信じるしかないだろうよ。それにこの聖樹の間の転送とやらを自由に使えるなら色々とできることも多そうじゃねえか」


 聖樹の外に出て本当に沖縄に転送されたのを確認したこともあり、彼らは普通ならあり得ない現象でも信じるしかない様子だった。


(それを言うなら魔物なんて怪物が現れるのも信じ難いことだろうしな)


 今回、先生が連れてきた中での重要人物は田所副総理と服部防衛大臣の二人である。


 他にも何人か秘書などのお付きの人はいるにはいるが、この場で色々なことを決める権限を持っている立場なのはこの二人と思って良いとのこと。


「それで君達がこの聖樹という安全地帯とやらを日本各地に設置したという人物ですね」

「聞いてはいたが、やはり随分と若いんだな」


 割と荒っぽい口調の防衛大臣はそう言いながら不躾な視線を向けてくる。


 恐らくは本当に俺のような若造がそんなことを成し遂げたのか疑う気持ちを捨てきれないのだろう。


「……とは言え、あの芹沢の御老公が傑物と太鼓判を押す奴だからな。相当できる奴なのは間違いないだろうよ」

「ええ、そうですね」


 と思ったのだが意外とそんなことも無いようだった。


「って、御老公? 先生が?」


 意味不明な言葉に思わずそんな疑問を口にすると、それを聞いた服部防衛大臣は返答してくれる。


「ああ、と言っても大分昔の話だぞ。俺がまだ政治の世界で若造だった頃、色々と御老公の世話になったことがあってな。分かり易く言えば、恩人って奴だよ」

「私の方はつい最近の出会いが初対面ですね。と言ってもそこで色々と、本当に色々とありましたからね」

「それな。ったく、事故で死んだかと思ったら生きてたってだけでも驚きなのに、妙な力まで得て、それこそ仙人にでもなってあの世から出戻ってきたのかって話だぜ」


 どうやらこの様子だと俺達がダンジョン攻略に精を出している間に、先生は先生で色々と派手に動き回っていたようだ。


 少なくともその言葉だけで俺や叶恵のような若造が只者ではないと信じてもらえるくらいには。


「んで、そっちの嬢ちゃんは俺達を前にして呑気に一服し始めるとは、随分と図太いというか剛毅な性格をしてるみたいだな」


 そう言われて傍で控えているはずの叶恵を見れば、何故かその手には既に火のついた煙草が握られているのだった。


「お前な……待ってる間はずっと吸ってたんだし、少しは我慢しろよ」


 一応、お偉いさんという名の政府の要人の前なのだから。


 最低限の礼儀ある態度を取るか、最低でもそのふりくらいはしてほしいものである。


 だが煙草がなければ生きていけないと公言して憚らない愛煙家は、そんなの知ったこっちゃないという態度を崩すことはなかった。


「嫌よ。だって肝心の本題に入るまで、まだまだ時間が掛かりそうじゃない」

「がっはっは! いいね、嬢ちゃん」


 明らかに相手方の気分を害してもおかしくない叶恵の態度だったが、幸いなことにそうはならないで済みそうだ。


 と云うか何なら片方は気に入っている節すら見られるのは何故だろうか。


「まあ公的な場って訳でもないし、別に問題はねえだろ。それよりそんなに持ってるならむしろ一本でいいから、こっちにも分けてくれねえか? この騒動のせいで紙の煙草も手に入りづらくなってる上に、これまで一服を挟む余地も無いくらいに忙しくてよ。ぶっちゃけニコチン切れで死にそうなんだわ」


 叶恵の傍に用意されていた灰皿に待っている間に誕生した吸い殻が大量にあるのを見た防衛大臣はそう頼み出す。


 何と言うか、これまでの言動からしてもこの服部という人は随分と豪快な人のようだった。


「別にいいわよ。なんだったら好きな銘柄から選んでもいいけど?」

「助かる……おお、これもあるのか。最高だな」


 インベントリ内にショップから手に入れた多種多様な銘柄の煙草が存在する叶恵は、気前よくそれらを防衛大臣に渡している。


 どうやら叶恵の方も同じ愛煙家として気に入ったらしい。


「ふうー……ああ、ヤニが身体に染み渡るぜ」

「気持ちは分かるわ。久々の一服って最高に効くものね」


 そうやって喫煙者同士の妙な絆が育まれており、それを見た副総理の方は呆れたように大きな溜息を吐いていた。


「服部さん。一服するのは良いですけど、本題の方を忘れないでくださいね」

「あいあい、言われなくも分かってるよ」


 そうやって輩のような返事をする姿は、どう見ても政治家のそれではなかった。


 それこそ居酒屋で飲んだくれてるおっさんのようにしか見えないくらいである。


「随分と面白い人みたいですね」

「すみません、公的な場ではちゃんとした態度を取れる人ではあるのです。それにこんな状況でも他の者と違って逃げることなく、精力的に働いてくれるだけ有難い限りですよ」


 その言葉が指し示す事実。それは目の前の二人と違って逃げ出している奴が存在しているということだった。


(総理大臣ではなく副総理がここに来たのも、それが影響してるってことなんだろうな)


 その考えが正しいことを証明するかのように目の前の副総理は言葉を続けるのだった。

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