第126話 勝利と敗北

 日本に存在するすべてのダンジョンを攻略した。


 また、それによりダンジョンが存在した地域に聖樹の設置も完了しており、聖域という安全地帯を生み出すことにも成功している。


 このことは間違いなく俺達の勝利だと言える成果だ。


 だがだからと言って全ての面で勝利を収めたかと聞かれれば、それは否と答えるしかない。


 それどころか日本だけでなく世界規模で勝敗を考えた場合では、俺達は決して勝利したとは言えないのかもしれない。


 叶恵から想像以上に御霊石が回収できなかったという報告を受けた俺はそれを思い知らされていた。


「被害者の数は少なくも数万から数十万に及ぶと思われる、か」

「下手すれば百万人を大きく超えるかもしれないって話もあるらしいわよ。グールが討伐されると御霊石となって死体も残らない。だから死者よりも行方不明者の方が多くて、正確な数の把握はかなり難しいみたいだし」


 テレビやラジオで流れる情報で、犠牲者の数がとんでもないことになっているのは間違いない。


 しかもその正確な数を把握できないというのだから、まだまだ知られていない犠牲者が存在していてもおかしくはないだろう。


「回収できなかった犠牲者の御霊石の大半は、敵が奪っていったと考えるべきか」

「そうでしょうね。しかも沖縄に至っては、最初からそのつもりで魔物の強化にも使っていなかった感じじゃないかしら? 強化された魔物が現れることがなかったのも、ボスが弱かったのもそれが原因だろうし」


 御霊石を活用すれば人間でも魔物でも強化されるのは既に判明している。


 それなのにどちらの陣営でも、御霊石を大量に使用して強化したと思われる個体がこれまで現れることはなかった。


(何万個も御霊石を消費した覚醒者がいれば、俺達と同じようにどこかで活躍しているはず。各地で活動していた自衛隊の間でも、そこまで隔絶した実力を持つ覚醒者の存在が確認されなかった。ってことはそれだけの御霊石を確保した人間はいなかったと見るべきだろうな)


 だからこそ御霊石の大半は邪神陣営の手に渡ったと考えられる訳だ。


 そして回収したそれらの利用方法が、どうせ碌でもない事なのは簡単に予想できるというもの。


「誘き寄せた俺達を自爆攻撃で仕留めようしたのは、あくまで予備の作戦。本命は御霊石の回収だったってことか?」

「どちらかと言えば、どっちも本命ではあったんじゃないかしら? あの自爆攻撃も魔族の命を糧にしたものだった訳だし、不完全とは言え魔力爆発を起こすためにそれなりの準備も必要だったはず。それらが単なる囮だったとは流石に思えないもの」

「だとすると同時並行で作戦を走らせておいて、自爆攻撃が失敗に終わった時でも問題ないように立ち回っていたってことになるな」


 実に抜け目がない立ち回りで嫌になる。


 勿論この予想が外れていてくれればいいのだが、それに期待して対策をしないのは楽天的を通り越して単なる考えなしというものだろう。


(やっぱり俺達以外でもダンジョンを攻略できる戦力が必要だ)


 俺達、異世界からの帰還者がいる日本という国。


 その一つの国という全世界からすれば局地的な戦いでは敗北することを許容して、それ以外の場所で勝利を手にするために動く。


 それが今回における邪神陣営の大まかな動き方ということだろう。


 これの厄介なところは、俺や叶恵などの異世界の帰還者達がどれだけの力を有していても、それだけでは数が足りずに手が回り切らない点だ。


 こうしている今も、敵は世界各地で支配領域を拡大して、その範囲内で獲得できる御霊石を根こそぎ奪い取っていることだろう。


 そうなることが分かっていて手をこまねいているだけのつもりはない。


 そうしている時間が長くなれば長くなるほどに、戦況は不利に傾いていくのだから。


「最悪ダンジョン攻略は無理でも、俺達が別の国のダンジョンを攻略している間の防衛を問題なく行えるようにはしておかないとだな」

「私達が留守にしている間に、折角確保した聖樹や聖域を奪い返されたらそれこそ洒落にならないものね。それで次に狙うダンジョンはどこにするかは決まっているの?」

「順当に行くなら韓国や中国辺りってところだな。距離的に近い訳だし」


 距離的に近い方が転移での行き来も楽にできるし、あまり遠いと俺だけならともかく、叶恵などの第三者を連れての転移が難しくなることもあり得た。


 だから無難にいくなら日本から近いダンジョンを狙うのが賢明だろう。


(だけど敵もそう考えている可能性があり得るか)


 敵の思惑通りに動いていても状況をひっくり返すことは出来ないに違いない。


 だとすると安易に近場だからという理由でそれらの国のダンジョンを狙うのは正しいとは言えないかもしれない。


(そもそもその辺りの国が日本からの応援に素直に応じるかも微妙なところではあるって話だけどな)


 その辺りの国際情勢などの難しいことは一般人の俺には分からないが、場合によってはそれぞれの国の許可が出ないことも十分にあり得るらしい。


 少なくとも先生が日本政府のお偉いさんと話した限りでは、他国に救援を求める国は現状では想像以上に少ないそうだ。


 理由としては、魔物という未知の怪物の行動が一定の範囲に限られることが挙げられる。


 だからその範囲内では被害が大きくとも、それ以外の場所では被害がないので自分達には関係ないという考えを持つ人が中にいるのだ。


 また、国としての体面を保つためにも他国の助力を乞うという選択肢を取れない場合もあるのだとか。


(他国の軍隊をおいそれと国内に招き入れる訳にはいかないってのは分かるけど、今のところ他の場所で聖樹が設置されたケースもないんだよな)


 つまり他の地域では成果はないに等しい。


 だから最悪は、俺達が密入国して勝手にダンジョンを攻略することもあり得なくはない感じだった。


「それにしても遅いわね」

「って言ってもまだ予定の時間になった訳でもないからな。時間までには来るだろうし、大人しく待つしかないだろう」


 俺達がいる場所は沖縄の聖樹の居住区だ。


 そしてそこで待っているのである。先生が連れてくる日本政府のお偉いさんを。


 既に先生などによって東京の聖樹の中に招かれた彼らが、聖樹の転送機能を使って沖縄の聖樹までやってくる手筈となっていた。


 そして彼らとの話し合いがどうなるかによって、今後の行動方針も大きく左右されることになるだろう。


『他の聖樹から転送申請が入っています。許可を出しますか?』


 そこで聖樹の主である俺と叶恵にその声が聞こえる。どうやら到着したようだ。


「やっときたわね。待ちくたびれたわ」


 待っている間、何本も煙草を吸っていた叶恵がそう言いながら転送の許可を出すのだった。

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