第123話 幕間 魔族の思惑

 日本という国に設置していたダンジョンが全て攻略された。

 異世界からの帰還者達の活躍により。


 それはこの世界を現在進行形で侵攻している邪神の眷属の立場としては、決して朗報と言えることではなかった。


 だからこそこうして、生き残った幹部級の上位魔族三人が集まって話し合う必要が出てきている訳だ。


「ナシネス。それで結局のところ例の自爆作戦では帰還者共を一人も仕留めるには至らなかったということだな?」


 会議の場に着くや否な、開口一番にその件についてこちらに尋ねてくる魔族の名前はデュアリス。


 生き残っている中でも単純な戦闘能力では最も優れた魔族だった。


 もっとも今の彼はこの世界に逃げてくるまでの過程で、その力の大半を失っているのだが。


「そのようです。クワリサが自らを餌に誘き寄せ、その後に魔力爆発による自爆を敢行したのは間違いありません。ですがそれでも奴らを殺すには不十分だったということですね」

「結界内に閉じ込めたのなら逃げ場などないし、爆発による影響もモロに受けたはず。それなのに一人も死なないとは、勇者一行に限らず帰還者共の生存能力は些か信じ難い領域にあるようだな」


 異世界において魔力爆発という原理を用いて運用がなされた魔力砲という兵器の恐ろしさを我々は嫌というほど知っている。


 それにより多くの配下の魔物を消し飛ばされたのだから。


 だからこそ完全とは言えないものの魔力爆発の原理を再現して、不意打ちで敵にぶつけても成果を得られなかったというのは驚くしかないだろう。


 実際、残るもう一人の魔族であるムラティアもディアリスの言葉に同意するように頷いている。


「だけど流石に手傷は負わせられたんだろう? だったら今後もこの手段は有効なんじゃないのかい?」

「勿論実行すれば、それなりに有効な攻撃手段ではあるでしょう。ですがあまりお勧めはできませんね」


 勿論やれと言われれば実行するために動くが、その時になって責任をこちらに押し付けられても困るので私は反対の立場を表明しておいた。


「何故だい?」

「次からは敵も警戒します。今回の不意打ちですら仕留めるに至らなかったのですから、警戒している相手なら尚更効果は薄くなるでしょう」


 今回は地中深くに爆発物を隠していたが、それだって警戒している相手なら次からは見破られる可能性が高い。


「残念ながら我々が再現した魔力砲もどきは射程も短い上に使い捨て。尚且つ起動から爆発までそれなりの時間を要します。その上、不完全なせいか爆発前に強い衝撃を与えると不発に終わることもあるので、それを敵に気付かれたら簡単に対処されてしまうでしょう」


 そもそも魔力砲は敵が開発して利用していたものだ。


 だとしたらその弱点や対策方法を熟知していたとしても何らおかしくはない。


「今回はクワリサが自身を囮にして起動までの時間を稼いだようだが、それが何度も通用すると思わない方がいいということだな」

「その通りです」


 それに不完全な代物でも魔力砲の作成にはかなりの労力と物資を必要とするのだ。


 それこそ使い捨てにするには現状の我々ではかなりの痛手となるくらいの。


 だからこそ自爆作戦を何度も行えば、現状で進行している計画に大きな後れが出るのは否めないだろう。


 それでは邪神陣営としては本末転倒となるのだった。


「それに敵を逃げられないようにする結界を張るのは、最低でも魔族級の力をもっていなければいけませんからね」

「現状だとそのくらいの力を持つ魔族も魔物も数が限られているし、厄介な敵を仕留められるならともかく、手傷を負わせる程度で浪費するのは割に合わないってことかい」

「魔物を効率的に動かすためにも指揮する魔族は必要不可欠。そして以前ならともかく、今の我々では上位魔族はおろか魔族ですら貴重ということだな」


 これらの点を鑑みて、どう考えても自爆攻撃を仕掛け続けるのは現実的ではないという結論に落ち着く。


「くそ、アタシやディアリスの力が元に戻っていれば、すぐにでも奴らを皆殺しにしてやるってのに!」


 魔族にとって天敵である勇者さえいなければ、残りの奴など自分だけでどうとでもなる。


 そう豪語するムラティアの言葉は決して偽りではない。


 なにせ目の前にいる二人の本来の力は、かつて邪神を守護する六大魔将と称された、選ばれた六人の上位魔族に匹敵すると言われていたのだから。


 それなのに今は全盛期の一割以下の力しか発揮できないとのことだし、立場があるので下手に動けないからこそどうしてもフラストレーションが溜まるのだろう。


「気持ちは分かるが落ち着け、ムラティア。それに仮に力を取り戻したとしてもお前が出陣するのは認められないぞ。限られた上位魔族であるお前がいなくなったら、それこそ我らは軍の維持が困難になる」

「んなことは分かってるさ。それでもムカつくのは止められないんだよ」

「まあまあ、そう怒らずに。今回の我々は日本という地を相手に取り戻されることにはなりましたが、それでもただ敗北したという訳でもないのですから」


 異世界の帰還者によって複数のダンジョンが攻略され始めた時点で、こうなる可能性は我々も考えていた。


 だからこそそうなった際でも、最低限の成果は持ち帰れるように画策していたのである。


「帰還者達の動きが迅速だったので想定よりは少なかったですが、それでも沖縄を始めとした各地で手に入れた御霊石は回収できたのです。それに奴らが活動していない地域では、もっと多くの御霊石が今後も回収できることでしょう」


 そしてそれを利用すれば配下の魔物の強化や、失った魔族の力を取り戻すことも可能となるのだった。


「その通りだ。それに現状では奴らが取り戻した地域など全体のごく僅かに過ぎず、依然として我らが優位に立っていることは変わらないのだからな」

「現状維持をしているだけで、こちらが優位になっていくのです。ならばここで無理をする必要はないでしょう。無理してこちらの優位を手放すことほどバカバカしいことはないですからね」

「ちっ! ……分かったよ」


 異世界の帰還者達は邪神陣営にとって大きな脅威ではある。


 だけど現状では無理して奴らを排除するよりも自分達の力を取り戻す方が優先すべきことだった。


「この優位を維持すべく帰還者共の妨害は今後も行うし、排除できそうな機会が訪れたらそれを逃がす必要はない。だが基本的には奴らと雌雄を決するのは、確実に我らが勝てる状況が整ってからだ」


 そうやって以前と同じ結論が出て、今回の会議も解散となった。


「……ふう、これで良い」


 ディアリスとムラティアの二人が去った場所で私はホッと息を吐く。


 その理由は、今回も自分の思惑通りに事が運んでくれたからだ。


「ここで異世界の帰還者共に全滅されては、計画が水の泡となりかねないですからね」


 一人や二人が死ぬのならともかく、まだまだ奴らには生きていてもらわなければならない。


 少なくとも私の計画が完遂できる見込みが立つまでは。


 多少の誤差はあるものの、計画は順調に進んでいる。


 この調子なら問題なく終わりを迎えられることだろう。


 異世界での戦い以前からずっと続く、遠大な私の計画が。


 勇者であろうと聖女であろうと、そして英雄であろうと私の計画の駒に過ぎない。


 それを証明する日がもう少しでやってくることを確信しながら、私もその場を去るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る