第122話 奇跡

『指定ポイントへの到着を確認しました。功労者は指定ポイントに聖樹の種を設置してください』


 俺達の逃げ場を封じていた結界がなくなったことが影響しているのだろう。


 叶恵の遺体の傍に寄り添う俺にそんな無情なアナウンスが聞こえてくる。


 そんな人の心を無視するようなアナウンスなど無視してしまいたい気持ちもあったが、流石にそれはできない。


 だって聖樹を設置して聖域を作り出すことは死んだ叶恵がやろうとしてことだ。


 死んだ仲間の思いを継ぐのなら、ここで悲しみに暮れて立ち止まってなどいられないし、止まっていてはいけないのだ。


 だから俺は叶恵の死体を抱えたまま指定された地点に聖樹の種を叩きつけるように設置する。


「これでいいんだろ! これで!」


 八つ当たりを叫んでも誰も返事などする訳もない。


 だがそれでも種の中から光が打ち上げられて聖樹が聳え立つ。


『聖樹の設置を確認、これにより一定の範囲に聖域を展開しました』


 聖域が展開された。

 これで一先ず沖縄の平和は確保できた訳だ。


 叶恵という仲間の犠牲と引き換えに。


(……茜が荒れそうだな)


 美夜に続いて叶恵まで死んでしまった。


 その二人と仲の良かった茜に影響がない訳がないし、それこそ今度こそ怒り狂って魔族や魔物を殲滅しようとしてもおかしくないかもしれない。


 その暴走を止めなければならないという点は考えるだけで頭が痛い問題だった。


 それに戦力的にも叶恵がいなくなったことはあまりに痛手だ。ただでさえ戦力不足なのだから。


(だけどそれでも、ここで俺は立ち止まる訳にはいかない)


 きっとこれから先もこの道を進む限り、俺は失い続けるのだろう。


 仲間や友人、戦友などの守りたいものを数えきれないほど。


 異世界でもそうだったように。


 その度に自分の力の無さを嘆き、消しようのない後悔が募っていくのだ。


 だけどそれは端から分かっていたことである。


「上等だよ。この程度で俺が諦めると思うなよ」


 異世界でだって地獄のような戦いを乗り越えてきたのだ。


 この程度で折れると思ってもらっては困るというもの。


 それに蘇生スキルを手に入れて美夜を蘇らせる予定だったのだ。


 そこに叶恵が追加されたとしても何ら問題はない。


 そうだ、二人とも絶対に生き返らせて直接文句を言ってやろうではないか。


(となると叶恵の御霊石も回収しておかないといけないな……)


 蘇生スキルを使うためには御霊石が必要とのことだし、グール化した叶恵から御霊石を回収しておかなければいけないだろう。


 下手に他人に渡ればユニークスキル目当てに使われる可能性もあるし、敵側に渡るなんて最悪なことになったら目も当てられない。


 そう思って抱きかかえたままの叶恵の死体を見ておかしな点に気が付く。


「……どうして死体が消えないんだ?」


 聖樹を設置したことで既にこの場は聖域と化している。


 そして聖域内で死んだ人間の遺体などはグールになることはなく、即座に消え去って御霊石となることは他の聖域で検証して確認できていた。


 だから叶恵の死体も本来ならグール化することなく、直ぐに御霊石だけを残して消えるはず。


 だけどそうなる様子は見せずに、何故か俺の腕の中に残っているではないか。


(ユニークスキル持ちは特別な何かがあるってのか? いや、同じユニークスキル持ちの美夜は他と変わらずグール化していたぞ)


 それとも聖域化したばかりだとその力が弱いとかでもあるのだろうか。


 そう思って困惑していた俺だが、そこから更に訳の分からないことが起こることとなる。


 HPは0であり、確実に心臓も呼吸も停止している。


 そんな絶対に動くはずのない叶恵の死体から何かが飛び出してきたのだ。


「これは……御霊石?」


 そしてその御霊石はこちらが何もしていないというのに砕け散り、その途端に叶恵の身体から眩い光を発するではないか。


 そしてその目も開けていられないような閃光が収まった時、俺は信じられない光景を目撃することとなった。


「嘘だろ、おい……」

「ん……?」


 先程まで四肢の大半が吹き飛ばされた無残な死体だったはずの叶恵。


 その肉体の損傷がまるでなかったことにでもなったかのように修復されていたのだ。


 更にそればかりか息をしていなかったはずのその口から声が漏れて、もう動くことはないと思っていたその目が開かれていく。


 そしてその目には光が灯っていた。

 グールにはない、確かな人の意思が込められた。


「……あ、英雄様じゃん。ってことは無事に生き返れたみたいね。ちょっと賭けなところもあったから成功したみたいで良かったわ」


 死人が生き返る。


 そんな本来ならあり得ない、信じ難い奇跡を起こしたと思われる人物から漏れた最初の言葉は実に呑気なものだった。


「生き返れたって、お前な……一体何がどうなってるんだ? 流石に意味が分からな過ぎるぞ」

「えー説明しなきゃダメ? これって私の切り札だし、これまで異世界でも隠し続けてた能力だからあんまり人には言いたくないんだけど。下手に知られて対策されたら困るし」


 叶恵のこの口ぶりからして偶然生き返った訳でもない上に、相当前からこの力についても知っていたようだ。


 そして俺の無限魔力と魔力譲渡と同じように徹底的に秘匿していたらしいことが伺える。


「まあでも英雄様には生き返る現場をその目で見られちゃったし、下手な言い訳もできないわよね。……仕方ない、教えるわ。ただしその代わり他の誰にも、たとえ茜や先生にもこの力については教えないこと。それが条件」

「そのくらいお前にとって重要な情報ってことか……。分かったよ、俺だって魔力譲渡の事とか黙ってもらっている身だしな」


 叶恵がこうまでして秘密にするのなら、それ相応の理由があるのだろう。


 それにこうして失ったと思っていた仲間が奇跡的に戻ってきてくれたのだ。


 それだけで十分。

 少なくとも今は。


「それにしても聖樹の設置も終わってるみたいだし、最後の魔族も仕留められたみたいね」

「ああ、あの魔力爆発に巻き込まれて死んだらしい」


 残された魔石も魔族の物と確認できたので間違いない。


 つまりこれで日本のダンジョンは全て攻略完了。


 それにより敵に支配されていた場所は全て取り返せたことになる。


 勿論これはあくまで一先ずの話だ。


 邪神陣営からすれば自らの支配から逃れた地など目障り以外の何物でもないだろうし、いずれ何らかの手を用いて侵略しようとすることだろう。


 だから日本でも魔物との戦いが今後も続くことは予想される。


 それでも今、この一時だけは平和が訪れたはず。


 あくまでこれは第一歩に過ぎない。

 だけどそれと同時に重要な一歩でもある。


「何はともあれ、お疲れ様ってことで少し休みましょう。どうせこの後の戦いも気が遠くなるほど長くなるに決まってるんだから」

「そうだな。色々あって流石に疲れたし、ここからは次の戦いに備えるターンだな」


 戦いはなくとも面倒事はこれからも山ほど押し寄せるのは目に見えている。


 差し当たっては先生が担当している日本政府のお偉いさんとの話し合いなどがその筆頭だろう。


(……待ってろよ、美夜。必ず蘇らせてみせるから)


 そんな風に改めて決意を固めながら、俺達は日本の解放に成功するのだった。

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