第120話 全ては勝利のために

 その日の零時。例のアナウンスが頭の中に流れる。


『ダンジョンボス討伐に伴いガーゴイルダンジョン及び影法師ダンジョンの消滅が完了しました。それらのダンジョンの影響下にあった魔物も同時に消滅を確認、それらの魔石はボス討伐者へと自動的に与えられます。人類側の陣地の一部を奪還したことにより功労者には特別な報酬を付与します……。一定範囲の陣地の奪還を確認。奪われた領域の奪還が可能となります。功労者は急ぎ指定ポイントに向かってください』


 それが指し示すところは、俺達が懸念していたような隠されたダンジョンは存在しないということだった。


「どうやら沖縄のダンジョンはあの二つだけだったみたいね」

「そうだな。それにこれで沖縄に展開されていた魔物も消えたはずだし、だとすると残る問題は設置ポイントで魔族が待ち構えているかどうかくらいか」


 そこでも敵がいなければ聖樹の設置を行なってしまえばいいだけだ。


 仮に敵にどんな思惑があったとしても、聖樹と聖域を増やすことは必要なことなのだから。


 そう思って俺と叶恵は聖樹の設置ポイントへと向かう。


 だがやはりと言うべきか、そこには敵が待ち構えていた。


 人型の知恵のある魔物である魔族が。


 日本にいる最後の一体だという。


「待っていたぞ、異世界からの帰還者達よ」

「そりゃどうも」


 俺達が設置ポイントに近寄るのを阻むように、そいつは影から現れた。


 前の魔族と違って角も蝙蝠のような羽も生えておらず、一見すると人間に見えなくもない。


 ただし額に三つ目の目がある事を除けば、だが。


(あの額の眼が飾りってことはないだろうし、洗脳や魅了系の攻撃を警戒しておいた方が良いな)


 それ以外でも影に潜っていたことから、影法師に近い能力を持っていることが伺える。


『会話で時間を稼いで。その間に仕留める準備をしておく』

『了解』


 そして俺が敵の能力の分析をしている間に、叶恵の方もエネルギードレインを仕掛けるための準備を開始していた。


 敵は人類の仇敵である魔族なのだ。どんな手段だろうと排除することが最優先であり、不意打ちが卑怯などと言っている暇などありはしない。


 その辺りは異世界からの帰還者の共通認識であるからこそ、叶恵もこうして即座に行動しているのだった。


「ああ、予め告げておこう。貴様らが聖樹を設置する場所にはあらゆるものの侵入を阻む結界が張ってある。それを壊すには私を倒す、あるいは最低でもこの場から退けなければならず、そうしなければ貴様らの目的である聖樹の設置も叶わないということだ」

「わざわざそんなことを説明してくれるなんて、随分と優しい魔族みたいだな。それで何が狙いだ?」

「それを教える訳がないだろう? もっともそんなことは承知の上での質問だろうがな」


 オークキングの大剣を抜きながら敵を観察するが、今のところ怪しい動きはない。


 それに魔力が高まる様子も見せないし、まだ戦闘態勢に移行する感じでもないみたいだ。


(相手も時間を稼いでるのか?)


 このまま仲良く会話で終わることがないのは、互いに放っている殺気からしても明らかだった。


「それにしてもいくら魔族とは言え、お前一人で俺達二人を相手にするなんて随分と自信があるんだな。それともこれから配下の魔物を召喚でもするか?」

「安心するといい。ここにいるは私一人だけだし、貴様達を仕留めるのに他の者の手を借りることはない。何故なら既にその手はずは整っているのだから。そしてこれでもう貴様達は逃げられない」


 そう言いながら魔族は結界を展開する。


 これは前の魔族が使っていたのと同じ、どちらかが倒されるまで出られないものだった。


 つまり先程の俺達を始末するという言葉はハッタリではなく本気だということだ。


 その自信があるからこそお互いの退路を断ってきたのである。


「へえ、言うじゃないか」


 敵の言う事を真に受けるつもりはないし、そう簡単にやられるつもりはない。


 だけど少なくとも俺と叶恵という異世界からの帰還者二人を殺す気なのは、放たれる殺気からしても間違いないだろうから警戒は必要だろう。


(だとしてもやることに変わりはない)


 敵が何を考えているか分からないのなら、何かされる前に最速で仕留める。


 余計な時間を与えて敵に何かされる前に。


『準備完了よ』

『分かった。一気に仕留めるぞ』


 そのための準備も整ったようなので俺と叶恵は念話で意思疎通を取ると、タイミング合わせて動き出す。


「「魔闘気、発動」」


 そこからは電光石火の如き早業だった。


 俺がオークキングの大剣に魔力を込めて全力で斬りかかると同時に、密かに準備していた叶恵が敵だけを対象にエネルギードレインを発動。


 不意打ちでエネルギードレインによって急速に体力も魔力も吸い取られる。


 その上で先ほどまで魔力の感じられなかった俺が、魔闘気によって急に力を増して急襲してくるのだ。


 これを初見で防げる相手は幾ら魔族と言え、そうそういやしない。


 その予想通りに心臓を狙った俺の大剣は敵に動く間を与えずに、その胸を容赦なく貫くことに成功した。


 だがそれで終わったとは思わない。


(手応えが妙に薄い。だとするとこれは分身か何か?)


 油断なくこの後に敵が何をしてくるのか警戒して俺だったが、その考え自体は間違っていなかった。


 ただしその方法は予想していたものとはまるで違っていたが。


「……流石は異世界で我らを打倒した生き残り。仮に私が全盛期の力を取り戻したとしても、お前達には勝てなかったことだろう」


 敗北を認めるような口ぶりなのに、何故か危機感が募る。


 その理由を俺はそいつの目を見て理解した。


 何故なら目の前の魔族の表情は死を覚悟したそれだったから。


「お前、まさか……!?」

「勘も鋭いか。……だがそれでも僅かに気付くのが遅かったな」


 その言葉と同時に地面の下、地中から何かの魔力が急速に増加していくのを感知する。


 そしてそれに共鳴するかのように地面が揺れ始めているではないか。


 まるでこれから何か途方もない物が解き放たれる前兆かのように。


『……やられた。こいつ、最初からこうするつもりだったのね』

『ああ、間違いない。こいつは端から俺達を道連れにするつもりだったんだ!』


 この魔族は俺達と戦うつもりなどなかった。


 それどころか攻撃の手応えからして、それこそ最低限の力しか取り戻していなかったに違いない。 


 俺達を誘き寄せた後は、結界で逃げ道を塞ぐ。


 そしてその状態で仕込んでいた何らかの罠で自分諸共、邪魔な存在である俺達を消し飛ばす。


 要するに自爆攻撃を仕掛けてきたのである。


「私達がこの日本という地で敗北したことは素直に認めよう。だがしかし、ただ負けるだけでは済まさぬ。この命を懸けて、貴様らのような脅威は道連れにしてくれる!」

「このクソ野郎が……!」


 俺は死にかけの魔族を斬り捨てると、すぐさま防御を固める。


 結界に阻まれている以上、転移でも逃げられない。


 となれば後はどうにかして耐える以外の選択肢はないのだ。


「叶恵!」

「……ダメ、エネルギードレインでも吸収が間に合わない!」


 その言葉が示す通り暴走する魔力反応は既にいつ爆発しておかしくないくらいに大きくなっている。


 これは魔力爆発。


 かつて魔力砲に利用されていた魔力を暴走させるのと原理的には同じ攻撃方法だった。


「アイスウォール!」


 俺もどうにか魔法で障壁を作り出す。

 だがそれが限界だった。


 次の瞬間、結界内全てを埋め尽くすような魔力を伴った爆発が容赦なく俺達を呑み込むのだった。

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