第113話 新種の魔物 影法師
別動隊の救出に成功して合流ポイントまで無事に戻ってきた叶恵だが、何故か不機嫌そうなのを隠そうとしなかった。
てっきり魔物のせいでダメージを受けたことにでもムカついているのかと思った。
だが改めてその理由を聞いてみれば、なんとまだ半分以上も残っていた煙草を魔物によって駄目にされたという、何ともどうでもいい理由である。
(身体に大穴開けられたことよりもそっちの方が重要なのかよ)
もはやこいつの煙草好きの度合いには呆れるしかない。
「てか煙草なんて初回討伐特典のポイントがあれば幾らでも買えるだろうに」
そうじゃなくても影法師の魔石は一つで1000ポイントとこれまでの通常の魔物の中では最も高くショップで売却できるものだった。
それを複数体仕留めた上にガーゴイルの魔石も回収したのなら、それこそカートンで煙草もショップで購入できることだろう。
「これはそういう問題じゃないの。気分的に」
後で楽しもうと残しておいた物をあの程度の奴に駄目にされたことが腹立たしいとのこと。
そう言いながら新しくショップで買った煙草を吸っている叶恵の愚痴は無視して尋ねる。
「そんなことよりも影法師だったか。その新種の魔物の強さはどうだった?」
叶恵や俺だけでなく念話で先生などにも確認したが、そんな魔物は誰も知らないとのことだった。
異世界からの帰還者全員が聞いたことも見たことも無い魔物など、そういるとは思えない。
だとするとこの影法師という魔物はゴブリンガンナーのような形で発生した、この世界独自の魔物だと考えられる訳だ。
「そうね……異世界で似たような魔物ならシャドウデーモンに近いかしら?」
シャドウデーモンという魔物は悪魔
ただし影法師と違ってシャドウデーモンはあくまで影の中に隠れるだけで、潜り込んだ対象の肉体を操作する能力は持っていなかったはず。
「ただし影法師の強さ自体はたいした事がない、それこそゴブリン以下の自分ではまともに戦えない感じね。その代わりに単純な物理攻撃を無効化するとか、影に潜り込んだ相手の肉体を操作できるとか、所謂搦め手の方の能力に特化しているんだと思うわ」
仮に影法師がシャドウデーモンと同じように魔法に長けているとかなら、死んだふりをしていた叶恵が息絶えるのを待つ必要はなかった。
それこそさっさと止めを刺すべく動いていたことだろう。
それにシャドウデーモンのように魔法が得意なら、叶恵を不意打ちした時も魔導銃ではなく何らかの魔法を使ったはずだった。
悪魔タイプが行使する魔法は魔導銃よりも強力なものが多いはずだし、強者だと分かっている叶恵を仕留めるためにも手加減などするとは思えないので。
「それに加えて、影に潜り込んで操れる時間や対象にも何らかの制限があるわね。私の影に潜り込もうとして失敗していたし、魔導銃を渡した隊員の影にわざわざ別の隊員の影から影法師が移っていたのも確認したもの」
別動隊の救助に向かった叶恵はすぐにその中や、民間人の影の中に潜む魔物の存在に気が付いていた。
だがすぐにそれを指摘したりすれば、隠れているのを悟られた魔物がどんな行動に移るか分かったものではない。
それこそ先程のように自衛隊の動きを封じるため、民間人を人質にするなんてこともあり得ただろう。
だからこそ叶恵はそいつらを一網打尽にするべく、またどんな能力を持っているか。
そして敵の思惑を見極めるために色々と考えて動いていたのだ。
その一環として挙げられるのは、魔導銃を渡した隊員の選別である。
叶恵曰く、魔導銃をその人物に渡したのは別に銃の扱いが上手そうだったからとか、スキル的に戦力になりそうだったからではないとのこと。
単純に彼の影には魔物が潜んでいなかったからだ。
つまり叶恵視点では見た目の上では魔物の影響がないと思われる人物だったからこそ、彼に強力な武器を渡せば敵の動きを見られると考えたのである。
(仮に影に潜んだ対象以外にも何らかの影響を及ぼせるなら、あの場で影から影に移動する必要はない。下手に動けば、強者と分かっている叶恵に存在を気付かれる可能性もあったはずだからな)
それなのに危険を冒してでも強力な武器を持った人物の影に移った時点で、敵の能力が潜んだ影の持ち主にのみ影響しそうだと推察できる。
そんな感じで叶恵はガーゴイルの殲滅をしながらも、同時進行で潜んでいた魔物についての考察や対策も練っていたのである。
勿論そのことは逐一俺に念話で伝えており、何かあれば俺がすぐに転移する手はずになっていた。
もっともその必要はなかったので俺は合流ポイントから動かずに済んだのだが。
「まあ何にせよ敵の能力があくまで一時的な操作で、肉体の乗っ取りとかではなかったから良かったわね。そうじゃなかったら最悪は宿主ごと始末するしかなかったもの」
あの場で影法師だけにエネルギードレインを仕掛けた叶恵だったが、その気になればそれ以外の人間相手にも能力を発動する準備は整えていたのだった。
そしてあの場でその能力が猛威を振るった場合、それこそ魔物や人間の区別なく全ての生命が息絶えていたことだろう。
能力の発動者である叶恵だけを残して。
そうならなかったのは本当に良かったと言うしかない。
「だが今後はそういう厄介な能力を持った魔物が出てくることも考えられる。仮に完全に肉体を乗っ取られた場合は、どうやって対処したものかな……」
敵勢力も力が弱まっているとのことだし、完全に肉体を乗っ取れるような強力な能力は持っていないだろう。
今回の件で、俺達はそう予想して行動していた。
ただそう予想はしていたものの確証があった訳ではないし、今後もずっとそうであるとは限らない。
だとすればそうなった時のために対策を考えておく必要があった。
「操っている魔物だけを仕留められるならそれに越したことはないけど、それが無理な場合もあるものね。でもその場合は、敵の支配領域の外に出るくらいしかないんじゃないの?」
魔物が活動出来て、その能力が振るえる範囲は今のところ敵の支配領域のみ。
だからこそ、その範囲から出ればどうにかなる可能性はあるか。
「あるいは、それこそ聖域や聖樹の影響が及ぶ範囲に連れて行くしかないかもな」
治療施設がある聖樹なら、それらの敵に操られた状態も治療可能かもしれないし。
もっともその状態の人を聖樹や聖域に近付けて大丈夫なのかも確かめなければならないだろうが。
「まあその辺りの検証は最悪、先生に頼むとするか」
影法師という魔物の存在や、その能力の情報も得られている。
これならそれほど対価も必要とせずに対策についても叡智の書で調べることができるだろう。
「そうね、それよりも今はダンジョン攻略が優先だもの」
そんな結論に至った俺達にとって朗報なことに、別動隊を助けたことで思わぬ情報を得られることとなる。
それは助けた民間人の中の一人が、魔物の活動範囲が広がる前夜に奇妙な光景を見たというものだった。
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