第98話 悪意と玩具

 無事に聖樹の種を設置したことで聖域は展開された。


 これで範囲内の魔物は全て消滅したし、また聖樹に新たな機能が拡張されたことだろう。


 だがその確認の前に俺は、主の登録だけ済ませたらすぐに例の囮の民家へと向かう。


 魔物がいなくなったことで他の誰かがそれを確認する前に自分で見ておきたかったからだ。


 当然、ハーピーは消滅しているので静かだ。


 前の時のように会話が漏れ聞こえることもないし、生命探知や超嗅覚などにも何も引っ掛からない。


「……そういうことか、クソったれ」


 だから油断していたし、 まさかその民家の中が人間の死体に溢れているだなんて予想すらしていなかった。


 壁や床に撒き散らされた血の痕跡を見れば、ここで何が行なわれたのかを推測するのは難しくない。


「ハーピー共、暇潰しで人間を玩具にしてやがったな」


 本来は食器などが並べられる棚などに首や腕などの人間の肉体の一部が幾つも飾られている。


 これを悪趣味だと言わず何がそれなのかを言いたくなるような凄惨な現場だ。


 この状況でも外に血の匂いは一切漏れてない。


 俺の超嗅覚でも分からないほどの徹底的に封じられており、ハーピー共がいなくなった今もそのままのようだ。


 死んだ人間はグールになる、それが普通だ。


 そしてグールを倒した場合は御霊石を残して肉体は消える。その理屈から言うと目の前の光景はおかしい。


 だってそれならハーピー共が人を殺しても、そいつらはやがてグールとなって、御霊石を回収されるために処分されて消えるからだ。


 だからそれなら肉体の一部が残っているはずがない。


 だが死んだ人間がグールになるのにも幾つか条件がある。


 それは死体が邪神陣営の発する瘴気に一定以上晒されることにより侵食されることと、その死体がある程度の原型を保っていることである。


 そうでないと原型を留めないほどに潰されるなどした死体がグールと化したら、それこそ肉の塊が動き出すとかになりかねないではないか。


 要するに殺した人間の死体がグール化する前に徹底的に破壊すれば、その死体はグール化しないということだ。


 そしてここではそれが行なわれていたのだろう。


 あるいは生きたまま生き血を啜るとかもしていたのかもしれない。


 そうやってグールになることが不可能なほどに肉体を傷つけたのだ。


 しかも棚に飾るなんて悪趣味なことをしているところから察するに、半分は遊戯とか玩具扱いで。


 改めて思う、魔物との共存など不可能だと。


 奴らは人間を、いやそれどころか自分達以外の命を命だと思っていないのだ。


 どんなに良くても餌といったところだろうし、殺すことに躊躇いなど欠片も持つことはない。


 でなければこんな惨いことができるものか。


(ちっ! こんなことならもっと痛めつけてから殺せばよかったかもな)


 時間を掛けないという点では素早く始末したことは間違っていなかったのだが、それでもこの凄惨な現場を見たら、もっと痛めつけて絶望と後悔を与えてやればよかったと思うほどである。


 そして同時に思う。

 この状況に気付かず俺がここに突入していたらどうなっていたかを。


 そして敵の狙いは何だったのかを。


 それは家探しをすることで判明した。


「これは、魔導鏡じゃないか」


 もう動いておらず使い物にはならなそうだ。


 だが間違いなく異世界で見たことのある道具の一つであり、対となる鏡と連絡を取り合ったり、鏡に映った映像を録画したりすることが可能な魔物が好んで使っている通信道具の一種である。


 それが家の隅っこなどに分かり伝い形で配置されている。


 そう、まるで監視カメラでも設置しているかのように。


「……そうか、この現場に現れた俺を映像として残すのがあいつらの目的だったのか」


 正確には各地のダンジョンを攻略していると思われる異世界からの帰還者を。


 恐らくだが、この凄惨な現場に現れた誰かの映像を使って「この凄惨な現場を作り出したのはこの者であり、本当に危険な存在は我々ではなく彼らの方です。騙されないでください」みたいな形で貶めるつもりだったのだろうと思う。


 現実世界だって撮影された映像を加工することでそういう真似をするのが不可能ではないし、それが魔族や魔物にも出来ないとは言い切れない。


(俺達を共通の敵に仕立て上げる同時に自衛隊などの懐柔を進める。そうやって自分達に対抗する勢力の分裂を促すそうとした訳だ)


 だとするとあの時に聞こえた人間の言葉で話すハーピーの声などは偽物だったか、あるいは何者かが投入した瞬間に逃げ出せるようになっていたのだろう。


 つまりあれは獲物を誘き寄せる餌ということになる。


(最低限の監視をしておいて、自衛隊などの狙いの対象以外がこの場に近づこうとしたら妨害すれば良い。グールなどをコントロールして襲わせれば近寄らせないことも可能だろうし、なんならそれを自分達で助け出せば恩も売れるだろうからな。そしてその監視網を逃れてここに辿り着く存在なら、狙いの奴の可能性が高いってところか)


 ハーピー共は自分達がやったことを、こちらに押し付けようとしたのだ。


 それも最悪の形で。


 しかもこの企ての厄介なところが成功すれば、その後にハーピー共のダンジョンを攻略しても悪影響が残っていたに違いない。


 だってハーピー共によってこの現場を作り出したことにされたら、その後にどんな言葉で説明しようと信用されることはないのだから。


 そしてハーピー共が消えても口封じをしたとしか思われない。


 多くの人間を弄び殺しただけに飽き足らず、善良で交渉ができるかもしれなかった相手を一方的に滅ぼした。


 そんな消せない烙印を押されるのが目に見えていた。


(これはハーピーだけの作戦じゃなさそうだな)


 ハーピーが滅ぼされる可能性も考慮されているし、この悪辣さ。それこそ魔物の上の魔族とかが関わっていそうである。


 ここで思い付いた新たな魔族が暗躍している可能性。

 その確証は思わぬところでから齎される。


 何故ならその数日後、新潟のダンジョンを攻略していた茜と叶恵が魔族と戦っていたからだ。

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