第87話 幕間 戦場に立たずとも戦う者
譲との密会を終えた後日、俺は戦いに向かないとされている集団を見ながら一人でボンヤリと考え込んでいた。
譲に頼まれたのだ。
もしできるなら他にやることのある自分に代わってそういう奴らの面倒を見てほしいと。
「あいつは他人のことを心配している場合かっての」
無限の魔力にその魔力を他者に譲渡する力。
それはこの魔物に押されているという戦況を引っ繰り返し得る切り札となるものだった。
いや、それどころかそれを活かせるかどうかで勝敗が決してしまうかもしれない。
それほどまでに強力で規格外な能力だった。
だからこそその能力を持つことの重圧は計り知れない。
(それなのに
異世界でも使えたという譲の魔力譲渡などの能力については知らなかったし、そもそもあまり譲とは関わり合いがなかった。
なにせ異世界でのアイツは能力をまともに制御できないとされており、言っちゃ悪いが役立たずとして扱われていたからだ。
もっとも今はそれが擬態でしかなかったことが分かっているので、それを見抜けなかった自分の眼の節穴さには笑うしかないのだが。
ただ実はそれ以外の面で譲のことを俺は耳に挟んでいたのだった。
何故ならあいつはその境遇が俺と似ていたから。
異世界において譲は自分を守るために犠牲になった友がいたと聞いている。
そしてその友も俺の妻と同じようにアンデッドにされて敵に利用されたらしい。
敵からすれば特別な能力を秘めている俺達のような奴をアンデッド化すれば、敵陣営から強力な手駒をそっくりそのまま奪えるようなものだ。
となればやらない理由はない。
そしてその結果、譲も俺と同じように身近な存在がアンデッドに変貌した存在をその手で仕留めることとなったのだろう。
こちらの世界で聖女がそうなったように。
ただ違う点があるとすれば、譲は俺と違ってそこでダメにならなかった。
それどころかそこで折れぬ強い意思を持って前に進んでいるのだ。
「……はは、何が一緒なんだか。似たような苦しみを背負っても、その後がまるで違うじゃねえか」
自らが魔物を殺すべく徹底的に強化した武器。
最初は妻を守るため、妻を失ってからその復讐のために能力を使って鍛え上げた相棒たるそれで、なによりも守りたいと思っていた妻のアンデッドを仕留めた時から、どんな武器を手に持っても震えが止まらないのだ。
そしてその時からどうして戦っていたのか、何故戦わねばならないのか分からなくなってしまった。
所謂トラウマという奴だ。
後悔と罪の意識が自身を苛み、その結果として俺はまともに戦場に立つことが出来なくなってしまったのである。
それでも能力的に後方支援なら出来たのは幸いだったと言うべきだろう。
たとえ能力で強化するべく、武器を持った手が震えても戦いに使う訳でなければどうにか問題にはならなかったし。
「情けねえ」
妻が、あいつが生きていたらこんなだらしない俺のことをどう思うだろうか。
きっと「シャキッとしろ!」とでも言いながら容赦なくケツを蹴っ飛ばして気合を入れてきたことだろう。
だがもうそうしてくれる相手はいない。
俺がこちらの世界に戻ってきたのも理由なんてないのだ。
ただ妻が死んだあちらの世界に残りたくなかった。
魔物となってしまった以上は死体なんて残らないから、まともに埋葬も出来なかったことも影響しているのかもしれない。
「……だけどこのままじゃいけねえよな」
俺は失敗した。
守りたいものを守れなかったのだから。
それはもう変えようのない厳然たる事実だ。
だけど俺と同じような境遇を味わいながら、まだ諦めていない奴がいる。
何とかして奪われた大切な者を取り戻そうと足掻く男がいるのだ。
分かってはいるのだ。
たとえそいつが上手くやって大切な者を蘇らせたとしても俺の過去は変わらないことは。
だけどそれでも自己満足でもいいから、全てを失った俺とは違う結末をこの目で見てみたいのである。
それで何も変わらないとしても。
それに目の前で訓練を続けている、戦いに向かないとされた集団。
どいつもこいつもはっきり言って使い物にならない実力しかないのは一目でわかる。
だけどそれでも必死になって諦めずに訓練に励んでいる姿は、かつての自分の事を想起させるのだ。
「……なあ、そこの嬢ちゃん。ちょっといいか?」
その集団の中の一人のやけにチャラチャラした格好の若い女に声を掛ける。
「え、別にいいけど何か用?」
俺の事は東京とは別の場所で魔物と戦っていた人として譲や先生から紹介されているせいか、不思議そうにしながらも怪しむ様子はなく答えてくれる。
「嬢ちゃんはなんで戦う力を求めてるんだ? 自分でも分かっているだろう、戦いには向いてないってことはよ」
「おじさん、いきなり嫌なこと言うじゃん。……まあでも間違ってないからなんも言い返せないんだけどさ」
「気分を害したなら悪いな。ただ別に侮辱してる訳じゃねえんだ。ただ疑問に思ったから聞きたくてよ」
人によっては難しい問題だろうこの質問だが、目の前の人物の解答は単純明快だった。
「ウチさ、少し前に魔物に殺されかけたんだ。しかも付き合ってた彼氏に盾っていうか、身代わりにされる感じで」
「おいおい、なんだそのクソ野郎は。男の風上にも置けねえな」
「勿論ウチもそう思ったし、マジでムカついた。で、その時に友達のお兄さんに助けてもらったんだけど、それからしばらくして思ったんだ。このままだとウチはその死ぬほどムカついた奴みたいに足を引っ張るだけで何もできないじゃないかって」
自分を盾にしたそんなクソ野郎と自分が一緒だなんて絶対に思いたくない。
だけど魔物と戦う力もなく、ただただ守ってもらっている状況で偉そうなことが言えるのだろうか。
避難所で自分達を励まして世話してくれる職員にも文句ばかり言って、誰かがどうにかしてくれるのを待ってばかりの人がいるのを見れば見るほどに、そういう思いは強くなっていったらしい。
「まあ自分の身を守れるくらいの力を手に入れておきたいってのが大前提だけどね。だってウチ、まだ死にたくないもん」
「そりゃそうだよな。誰だって死にたくはねえよな」
「そうそう、おじさんだってそうでしょ?」
「そいつは……」
そう尋ねられて気付かされた。
今の自分が死にたくないとそれほど思っていないことに。
かつての自分はそうではなかった。
妻を守りたいという想いが大前提にあったが、それと同時にこんなところで死んでたまるか、死にたくないという強い気持ちがあったはずなのだ。
だけど今はもうそんな気持ちはほとんどなくなっているではないか。
仮に死んでも妻がまっている場所に行くだけ。
そんな気持ちが心の大半を占めているのは否定できない。
そんな生きながら死んでいるも同然の自分と、目の前の堂々と死にたくないと宣言して生きようとしている人物を比べる。
(何が聖女を生き返られるためならこの命だってくれてやる、だ。そりゃ簡単に言えるわな、さして重要だと思ってねえんだからよ)
あまりに薄っぺらい自分の言葉を思い出して恥ずかしくなるではないか。
そしてそれを気付かせてくれた人物に改めて目を向ける。
「……嬢ちゃん、名前は?」
「ん? 桐谷小百合だよ」
「そうか、小百合。お前、良い女だな」
「え、マジ? もしかして惚れたりしたとか?」
「生憎と俺には生涯でそいつだけって決めた最愛の妻がいるんでな。それにガキは好みじゃねえんだよ」
「うわ、うっざ!」
そんな冗談めかしたやり取りの後、俺は小百合を始めとした戦いに向いていない奴らの世話をすることにした。
これは譲に頼まれたからばかりではない。
自分でそうしたい、そうするべきだと思ったのだ。
たとえ戦場に立てなかったとしても、戦えるということ。
それを今の俺なら教えられるだろうから。
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