第83話 新たな施設 農場

 人間は仙人ではないので何か食べなければ生きてはいけない。


 それは異世界からの帰還者である俺達にも適応される不変の事実だ。


 まあ叶恵に関してはエネルギードレインを使えば一時的に飲まず食わずでも問題ないとか、茜は竜の力を借りている時は腹も空かなければ眠くもならないとかあるらしいが、あいつらはあくまで例外中の例外なのである。


 そして世界中が魔物の脅威に晒されているといっても、その被害が出ている地域はまだまだ限定的だ。


 だからこそそこから逃れた人は数多くいるし、そうなると避難してきた人の食料の確保なども必要になる訳だ。


「それを解決するのがこの農場ってことか」


 二本目の聖樹が設置されたことで開放されたのが転送の間だとすれば、この農場という施設は三つ目の聖樹によるものらしい。


 目の前に広がる畑などのどこか長閑さを感じさせる光景からも、ここで野菜などを育てられるのが窺えるというものだった。


「ふんふん、やっぱり他と同じで施設の規模はエネルギーを使えば広げられるみたいね。そんでもってエネルギーを使えば素人でも作物を育てられるようになってると」


 実際にニンジンやジャガイモ、キュウリなどの野菜やリンゴやブドウなどがなる果樹も一定のエネルギーを使えば作り出せるのは確認できていた。


 その辺りのラインナップはショップで売っているものならイケる、つまり大抵の作物は作れるということだった。


(種を植えるだけ、芽を出すところまでと消費するエネルギーの量で色々と調整できるのは助かるな)


 その気になれば最初から大量の実のなった巨大な果樹を作り出すことも可能だった。


 ただしそういう風に聖樹の機能を使えば使うほどにエネルギーの消耗は激しくなるようだが。


「エネルギーを節約することを考えるなら、作物を育てられる土壌だけ作って外から持ってきた種とかを使って自分達で種まきから水撒き、そして収穫までやるのが一番いいんでしょうね」

「その辺りは農業従事者がいればお願いするのもアリかもな。少なくとも俺じゃそんなことは出来ないし」


 ダンジョン攻略のために一つのところに長く留まっていられないというのもあるが、なによりそういう農業関係の知識が皆無なのだ。


 そんな素人が下手な試行錯誤をするよりも熟練した腕を持つ経験者に任せた方が建設的というもの。


 しかも幸いにも一人、そういうことに非常に特化した能力を持つ人物に心当たりがあることだし。


 それにこの農場は嬉しいことに単に作物を収穫できるだけはなかった。


 何故ならそうやって収穫した作物をショップで売却することが可能だったのである。


「まあ瓦礫とかのある意味でゴミも格安とは言え売却できたんだ。他の食べ物とかも売れないことはないよな」

「魔石や御霊石と比べるとポイント的には安いけど、戦わなくてもポイントを稼ぐ手段ができたのは良い事でしょ。これならそれこそ大規模な農園を作って、余った作物はポイントにするとかもできそうじゃない?」


 新たな施設の維持や規模を広げるためにもエネルギーは必要なのでそう簡単ことではないが、無限魔力と魔力譲渡を持つ俺がいるおかげで着実にエネルギーの貯蔵量は増えている。


 例の裏技で供給する人数を増やすと同時に、それ以外の多くの一般人にも聖樹に魔力を奉納させるなどできれば実現するのも決して不可能ではないだろう。


(居住区に避難させる条件として一定のMP奉納を義務付けるとかすればいいしな)


 聖樹の中という安全地帯に避難できる対価としては安いものだと思うし、そうすることが聖樹や聖域を維持することに繋がるのだ。


 自分達の安全を維持するためにも条件を飲む奴は多いだろう。と言うかその程度のことも飲めない奴のことを俺は苦労して守るつもりはなかった。


 嫌なら俺達が管理していない聖樹の元へ向かえばいいだけの話だ。


 まあこの調子だといつそれが現れるか分かったものではないだが、そんなことは俺の知ったことではないし。


「うーん、美味しい。てか、ここなら季節外れのフルーツも採れたてが食べるなんて最高じゃん」


 どうやらこの様子だと叶恵は聖樹の機能を使って自分の好きな果実を実らせて、思う存分それらの果物を味わい尽くす所存のようだ。


 まあこの農園を作れるためのエネルギーを供給してくれたし、今後もそのために必要なエネルギーは気が向いた時にも奉納してくれるとのことなので、そのくらいは自由にしてもらっても構わないだろう。


 例えそれが自身のタバコ代を稼ぐのが主目的だとしても、こちらの役に立っているのだから。


「それよりも収穫した作物を保管しておく場所がないのが少し困るな」


 今のところは自身のインベントリの中に収納しておけばどうにかなるだろうが、これが農場の規模を広げて収穫数が増えたらそれで賄いきれるとも思えない。


「流石にそこは神様も考えているだろうし、新たな施設で倉庫とかが拡張されるんじゃないの?」

「つまりそういう意味でもまだまだ新たな聖樹の設置は必須事項ってことだな」


 この農場だけでも今後の活動において相当役に立つのが分かる。


 だとすればきっと他の新たな施設も同じだろうし、聖樹をどれだけ増やせるかがこの陣取り合戦の勝敗のカギを握ると言われるだけはあるというものだった。


「さて、新たな施設の確認も大方終わったことだし、私と茜は予定していた通り北海道の聖樹から新潟に向かうわね」


 東京周辺の情報はあるが、地方で何が起こっているかは把握しているとは言い難い。


 だから茜と叶恵にはその辺りの情報も収集しながら新潟に向かってもらって、そこでダンジョンを攻略してもらうのだ。


「ああ、頼んだ。俺の方も準備が整い次第、大阪のダンジョンを攻略しにいく」


 ただその前に訓練が進んでいる妹たちの様子も見ておきたいのだ。


 毎日戻って顔は覗かせているが、先生の話だと少々困った問題が発生しているようだし。


(そういう意味で農場っていう戦えなくても役に立てる場が出来たのは助かったな)


 そう思いながら俺は東京の聖樹へ向かうべく転移を発動した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る