第76話 グールと通常の魔物の微妙な違い

『人類陣営がグラスウルフダンジョンのマスターキーを奪取したことを確認しました。それにより邪神陣営に奪われた陣地を取り返すことに成功しました。グラスウルフダンジョンの消滅が開始されます。グラスウルフダンジョン内に存在する人類陣営の存在は安全確保のためダンジョン外に排出されます』


 グラスウルフダンジョンのボスはグラスウルフリーダーだったらしい。


 残された魔石でそれを確認した俺はその場に落ちていたマスターキーも確保して奉納までの一連の仕事を終えていた。


(ここには聖樹の種はなかったな)


 残念だった点があるとすればそれだろう。


 今後の事を考えれば聖樹の種は幾ら有っても困るものではないし、なるべく早めに敵から奪い返しておきたいところだったので。


 だがないものは仕方がないので今はオークダンジョンで手に入れた物を使うとしよう。


 そうしてダンジョンの外に放出された俺だったが、そこで動物たちのグールの様子がおかしいことに気付く。


 ダンジョンが攻略されたことが影響しているのか、オークやゴブリンなどの普通の魔物と違って体に力が入らない様子で大半がその場から動けないでいるのだ。


 他の魔物はダンジョン消滅が開始した段階ではまだ普通に動けていたというのに。


(グラスウルフの大半もダンジョンで待ち構えてたせいかほとんど見当たらないけど、それでも数少ない残った個体は特に問題なく動いてるみたいだな)


 ゴブリンもオークもダンジョンが完全に消滅するまでの間、外にいる個体は普通に活動していた。


 それに対してグール共はまともに動けていない。


 やはりこちらの生物がアンデッド化した影響なのか、他の魔物とは少々仕様が違うようだ。


(力が弱まって範囲外から逃げることも出来ないようだし、聖域が展開されればそのまま息絶えるだけだな)


 その際は魔石だけを残して消え去るのだろう。


 人間のグールが御霊石だけを残して消滅するように。


「……面倒なことにならないといいんだが」


 その仕様を見て実に嫌な予感を覚える。


 今は別に問題ないだろうが、後々の事を考えるとこれはかなり問題になると思われたからだ。


 もっとも仕様変更ができなければ俺にはどうしようもないことなので、その時になった際に対応する以外に対処方法はないのだが。


(まあ起きてもいない事を考えてもどうしようもないか。それよりも今は聖樹の設置だ)


 出来ればその嫌な予感が当たらないことを祈りながら俺は一旦その場を後にする。


 前の時同じように零時になるまで聖樹の設置ポイントは分からないようだし。


 仮に俺が魔族なら攻略者を襲撃するなりにして奪われたマスターキーを取り返そうとする。


 それが出来ればきっと魔物の居城であるダンジョンを再度設置することも可能だろうから。


 だとすればそれをさせないためにもマスターキーを所持する俺はこの場に留まらない方がいいかもしれない。


 転移マーカーを設置さえしていればすぐに戻ってこられるのだし。


 と、丁度そんな時だった。


『譲兄、カナちゃんを見つけたよ』


 絶妙なタイミングで茜からの念話が入ったのは。


『魔物と戦っているみたいだし、必要ないと思うけど援護するつもりだよ。それで譲兄もこっちに来る?』

『そうだな。丁度こっちのダンジョンの攻略も終わったところだし、直ぐに俺もそっちに向かう』


 茜に設置した転移マーカーを選択して転移を発動する。


 空間跳躍のスキルは自分だけの転移なら非常にMP効率が良いこともあって、MPが100もあれば日本のどこへでも転移できるようになっているのだった。


 そうして愛知から北海道という長距離を一瞬で移動した俺は、


「さっむ」


 あまりの気温の違いに思わず体を震わせる。


 いくらステータスで肉体が強化されて風邪などは引かないとしても寒いものは寒いらしい。


 前もってインベントリに用意しておいた色んな物の中防寒着を取り出して着替える。


「待たせたな。それで叶恵はどこだ?」

「こっちだよ。見失わないようにクーちゃんが先に行ってくれてるの」


 そうして向かった先では一人の人物が大量のサハギン相手に立ち回っていた。


 口に火のついたタバコを加えながら、その手に持つ槍を振るう度に複数のサハギンが仕留められて消滅している。


 その鋭い槍捌きの前にサハギン共は何度も襲い掛かろうとしてもまるで近付くことすらできないでいた。


「まったくもう、タバコを吸い終わってから襲い掛かってきてくれないものかね。人が至福の一服を楽しんでる最中だったってのに」


 そして自らが倒した魔物の魔石を一つ残さず回収しながら、そんな呑気なことを呟いている女性。


 それは自他ともに認めるヘビースモーカーであり、タバコがなければ生きていけないと異世界でも幾度となく嘆いていた真木叶恵という人物に間違いなかった。


「まあこの魔石もタバコ代になると思えばいいか。ねえ、覗き見している英雄さん?」


 どうやら接近したこちらにも気付いているみたいだし、声を掛けるとしよう。


 と言ってもその前に周りにいるサハギンを掃除するのが先だろうが。

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