第74話 野生動物のグール化

 車を走らせて愛知まで辿り着いた俺を最初に出迎えてくれた魔物は予想外なことにグラスウルフではなかった。


「……なるほど、動物も死んだらグール化するのな」


 恐らくは野良犬か誰かに買われていたペットがこの騒ぎの中で死んだのだろう。


 複数の犬や猫など動物のグールが群れで俺を歓迎してくれていた。


 どうやらこの魔物の支配領域ではそういった動物のグールが見回っているらしい。


(東京ではこういう奴は見なかったけど、たぶんオークに食われた感じだな)


 あいつらは非常に悪食であり底なしの食欲を誇っている。


 その上で腐った肉でも気にすることなく食するので、こういうグールのほとんどが食われてしまったのだろう。


 知能のないアンデッドは基本的に他の魔物の命令に従う。


 仮に自分がこれからオーク共に食われようとしても、上位ハイグールくらいまでなら抵抗することはないのだ。


 そのアンデッドと化した動物の群れを倒してドロップしたのが御霊石ではなく、どの動物のグールからでも一つ100ポイントのグールの魔石だったこともその考えの根拠となった。


(御霊石を落とす人間のグールは処分して自分達の進化のために利用する。それ以外のグールは捨て石や偵察に使う感じか)


 東京でこういう奴らを見かけなかったのは、オークは食い意地が張っていたからというあくまで例外事項だったのだろう。


 あるいはグラスウルフという同じような動物の形態をしているからこそ動物のグールを使役しやすいとかもあるのかもしれない。


 なんにせよ少なくとも敵の中にはそういう小賢しい知恵の回る個体がいるのは間違いなさそうだ。


「ったく、面倒な」


 俺は魔導銃を空に向けて構えて、空からこちらを観察していると思われた鳥型の魔物を撃ち落としながらボヤく。


 撃ち落とした瞬間に肉体が消えているのであれも普通の鳥ではなくグールだろう。


(鳩か烏か。この分だとドブネズミとかもグール化してそうだな)


 これは単なる予想ではない。


 なにせ超聴覚でそういう小さな奴らが周りにウジャウジャいることが分かってしまうので。


 ただ生命探知に反応しないことからグールなどのアンデッド系の魔物であること、そして音などからどんなに小さくでも鼠くらいあることが分かるのが救いか。


 これで小さな虫までグール化していたら悲惨である。


 それこそ何万匹の蚊とか蝿に襲われるなど体験したくないし。


(いや、もしかしたらそいつらも一律で100Pの魔石を落とすなら、むしろ良い稼ぎになるのでは……?)


 そんな掌返しの考えの元に虫のグールも探してみたが、残念ながら一匹たりとも見当たらないので諦めるしかないだろう。


 その代わりと言っては何だがその途中で大量のドブネズミのグールの群れに襲われて、それにより大量の魔石を入手できたので良しとする。


(てかダンジョンを攻略した際、こういうグールはどうなるんだろうか?)


 聖域が展開されている範囲では死んだ人間はグール化をせずに御霊石なる。


 仮に聖域の外からグールは連れて込んだ場合も、聖域に入った途端に消滅して御霊石を残すことが確認できていた。


 だから聖樹を植えて聖域が展開されれば、この動物のグールも同じように死ぬと思う。だけどダンジョンを攻略してから聖樹を設置するまでの間はどうなるだろうか。


 オークやゴブリンのようにダンジョンという居城がなくなれば全て消滅してくれる、とかならばいい。


 だけどこちらの世界の生物が変化した存在だから、その影響に入らないとかだと非常に面倒だ。


(こういうグールでも敵の支配領域外には出られないみたいだから、ダンジョンがなくなっても外に逃げるとかはないはずだけどな)


 若干不安はあるが、だからといってダンジョン攻略をやらない訳にはいかない。


 だから俺にできるのは可能な限りこいつらの数を減らしておくくらいだろうか。


 奉納者の能力でダンジョンの大まかな場所は分かっているので、その方向に向かいながら俺は襲ってくるグールは全て倒して進む。


 敵を見つけたら攻撃しろと命令されているのか、それともグールの本能として生物を感知したら襲わずにはいられないのか、逃げることなく俺に向かってきてくれるのはこちらとしてはむしろ助かったくらいであった。


「こっちか」


 そうして大量のグールの魔石を稼ぎながら進むことしばらく、俺はダンジョンと思われる建物を発見した。


「……って、名古屋城じゃねえか」


 国会議事堂がダンジョンだったことといい、魔物共は拠点とする場所を有名な建造物の中から選んでいるのだろうか。


 ゴブリンダンジョンは単なるショッピングモールだったし、世界の例からすると別にそういう訳でもないと思うのだが。


「まあ分かり易いのならそれはそれで構わないか」


 ここにくるまでも転移マーカーは設置してきてあるし、どんな建物がダンジョンになっていようと関係ないだろう。


 こっちからすればその場に来られる手段さえ確保できれば後は何でもいいのだから。


 それよりも気にするべき点はその名古屋城の周りにいるグール共の中で生命探知に反応するとある個体のことだ。


 グールなどのアンデット系の魔物と違ってそいつだけ生命探知に反応している。それ即ちそいつはグールと違って生きているということである。


 城の敷地中やその周囲にもまだまだ動物のグールがまだいるというのに。


 そいつらに襲われていない時点で生き残りの人間である可能性は皆無だった。そもそも生命探知に引っ掛かる感触からして明らかに人型ではないし。


「自分に似ている獣を配置して、その中に紛れる門番か。相手によっては有効だったろうな」


 残念ながら生命探知を持つ俺には通用しないのだが。


 俺は魔導銃を取り出すと一撃で仕留めるためにチャージを開始して、そいつの元へと走り出す。


 するとそれで自分の存在を捉えられたことに気付いたのか、犬のグールの中に隠れていた一体のグラスウルフも駆けだす。


 他のグールと違って外傷などのない綺麗な身体。狼のような外見も明らかに他の犬などとは違っている。


「ウオオン!」


 そしてそいつの鳴き声に反応するかのように、周囲の動物のグール共が先に進むのを阻むように身体を張って止めにくる。


 そうやって集められた犬や猫だけでなく鼠や鳩など大量のグールが壁となり、完全にグラスウルフが視界から消えてしまった。


 だけど俺には生命探知や超聴覚などがある。


(姿を隠せば逃げられると思ったのがお前の敗因だよ)


 既に魔導銃のチャージは終わっていた。だから俺は邪魔をしてくるグールの壁など気にすることなく、生命探知によって導かれるままに魔力の弾丸をそこへと放った。


 その結果がどうなったのかは言うまでもないだろう。


 俺から離れた場所で逃げ切ったと思ったグラスウルフは、自分がどうして死んだのかも分からないまま仕留められたのだから。


「よし、これでダンジョンに入れるな」


 鍵も手に入れた後に周囲のグールの掃除も終えた俺はさっさとこのダンジョンを攻略してしまおうと、早速それを固く閉ざされた門に使用するのだった。

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