第72話 次のダンジョンへ
世界は未だに混乱の最中にある。
それが分かるのは段々と疎らになるニュース速報などでも未だにどこかの国で新たな魔物が突如として現れては猛威を振るっていることを伝えてくるからだ。
今のところ日本ではそういうことはないが、それも時間の問題なのは分かっている。
聖樹によって聖域とかした東京近辺以外の地域ではそういった魔物とダンジョンがいつ現れてもおかしくないのだから。
(家族の避難も終えたし、俺も次のダンジョンに行く準備を進めておかないとな)
当初は森重が言っていた何かこちらに仕出かそうとしている政府のお偉方の対処を優先しよかと思っていたが、家族を聖樹の中に避難し終えている今となっては後回しでも構わないだろう。
聖樹の中は俺や先生の許可がなければ侵入不可なので、俺が不在でもそういう奴らが押し入る心配もないのだし。
それに俺にとって取られて困るような人質はもういないのでそういう面での脅しは効かない。
仮に力で何かしてくるならやり返してやればいいだろう。
痛い目を見なければ分からないのなら、存分に分からせやればいいのである。
それより今は聖樹の機能をいち早く拡張強化してしまいたい。
なにせ避難した家族の中から、なんと俺の父や兄、それに小百合や楓の兄妹など一部の人間が由里達と同じように訓練を積みたいと言い出しているのだ。
最初は聖樹の中という訳の分からないところに説明不足のまま連れてこられてこちらのことなど信用していなかった人もそれなりにいたのだが、俺と先生がその圧倒的な力で魔物を蹂躙する姿を見せたことでそれも今は鳴りを潜めていた。
特に年配の先生が魔法を使ってゴブリンキングやオークキングを圧倒した上、スキルによって強化されたステータスで倍以上も年齢が違う若者を軽く捻ってみせたことも大きく影響したのだろう。
駄目押しで先日ステータスカードを手に入れた由里に俺の父や兄が力で押し負けたのも影響があったかもしれない。
まあどんな理由にせよ、訓練を積む者が増えて戦力が充実すること自体は助かるというもの。
だけど現状だと一日の生産可能な魔物の数的に、全員を鍛え上げるのはかなり厳しいと言わざるを得なかった。
(ゴブリンダンジョンを攻略した際の魔石は融通すれば最低限のスキルを取るためのポイントはどうにかなるか。でも経験値を稼ぐ手段が圧倒的に足りない)
先生がやったように御霊石で足りないポイントをどうにかしてスキルを充実させる方法は今のところ彼らに取らせる気はない。
確かにそれをやれば簡単に強力な力を手に入れられるだろうが、いきなり身の丈にあっていない力を手に入れても振り回されるのがオチだ。
あくまで勇者一行として異世界での激戦を潜り抜けたことのある先生や茜は例外なのである。
その先生ですらこちらの世界で魔物との戦いの回数が少なかったこともあってランク的にはまだまだ低いのだ。
まあ家族を避難させるまでの数日の間にオークキングを一日100体も狩ることでランク7まで無理矢理挙げたようだが、今は訓練希望者が溜まっていることもあってそればかりやる訳にもいかないのである。
「それに他の帰還者も早めにここに連れてきたいしな」
叶恵は茜がどうにかしてくれるとして、残る二人にも連絡はしてある。
無理に戦う必要はないから安全地帯であるここで戦闘面以外の協力をしてくれないか、と。
一応どちらからも色好い返事は貰えており、色々とやることを片付けた後に東京に向かうそうだ。
(あいつらは東京近辺に来たら迎えに行くとして、俺の方は愛知のダンジョンを攻略しに行きますかね)
北海道は茜に任せているので残る日本のダンジョンは新潟、愛知、大阪、沖縄の四ヶ所となっている。
その中で新潟については茜が帰り道にでも攻略するそうなので、ならばそれを除いた上で東京から近い愛知を狙おうと考えたのである。
(新幹線や電車もほとんど動いてないみたいだし、車で向かうしかないからな)
混乱の影響で飛行機も鉄道などの移動手段も今は色々と機能不全を起こしているそうだし、不安定なそれに頼るよりも自分の力で向かった方が早いだろう。
道路も中には混んでいたり封鎖されたりしているとこともあるようだが、その辺りは自分の足で進めばいいだろうし。
「行くのか?」
「ああ、とりあえず愛知までのルートを確保しておく。転移マーカーさえ設置しておけば俺だけなら一瞬で向かえるようになるからな」
夜中に一人で出かけようとしている俺に先生が声を掛けてくる。
「一応、転移で一日に一回は戻ってくるつもりだけど、何かあった際は念話で連絡をくれよ。何を置いてもすぐに戻るから」
それに疲れたらここに戻って休むつもりでもある。
転移マーカーを設置すれば、そこから再開することも可能なのだから無理をする必要はない。
長く戦うためにも楽が出来るところは楽をして力を抜かなければいけない。
でなければいつか折れる時が来てしまうものなので。
人間は頑丈なところは意外に持つけど、思わぬところは案外脆いものなのを異世界での経験から俺は知っているのだった。
「まあ救護施設は疲労回復にはもってこいじゃからのう。あれは腰の痛みにもよお効くんで重宝しとるんじゃ。お主の両親世代も体を動かした後はあそこに入り浸ってるようじゃぞ」
「いや、それは構わねえけどさ。一応言っておくけど温泉じゃないからな? あそこは」
傷だけでなく疲労回復も可能な救護施設は筋肉痛や関節痛にも良く効くらしい。
慣れない運動をすることになった人達からすれば、その辺りの辛い思いから解放してくれる意味でもあそこは助かるのだろう。
「まあ俺の無限魔力のおかげもあってエネルギー収支は全然プラスだからいいけどよ」
「それなんじゃがそろそろ他の者にも奉納を、聖樹へのエネルギー供給をさせようかと思っておる。少ないとは言えステータスカードを手に入れてMPを奉納できる者もいるからのう」
聖樹の中は魔力スポットと同じ扱いなのかMPは一時間に1回復する。
魔物の生成可能な数的に訓練でMPを消費し切れない人も出ているのだったか。それをただ無駄にするくらいなら奉納の練習に使うのは合理的であった。
今のところ俺の無限魔力と魔力譲渡の事を知っているのは勇者一行である先生と茜の二人だけだ。
妹の由里達にもこのことは話していない上で、聖樹の維持のためには自分達でもエネルギーを入れないといけないと伝えているので問題はないだろう。
「それにお主一人に頼り切るのはあまりに危険じゃからのう」
「違いない」
俺とて易々と死ぬ気はないが、それこそ勇者一行の美夜が死んだように絶対はあり得ないのだ。
ならばいざという時のために俺がいなくても聖樹を維持できる状態を整えておく必要があるというもの。
「まあまた何かあったら連絡してくれ。念話って便利なスキルがあることだしな」
「分かっておるわい。それと気を付けるんじゃぞ」
そうやって先生に見送られなら俺はコッソリと聖樹の外に出ていくのだった。
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