第71話 それぞれの限界

 無限魔力と魔力譲渡によって聖樹へのエネルギー供給が可能となった。


 だから当初は時間を掛けてエネルギーを貯めておけば、魔物を創り出し放題だと思ったものだ。


(一日の生成限界が百体か。思っていた以上に少ないよな)


 聖樹の中にあるということで、どうもこれらのダンジョンは聖樹の影響を大きく受けているらしい。


 一本しか植えられていない状況ではこれ以上の魔物の生成はどう頑張っても不可能のようだ。


(でもだとしたら聖樹の数が増えれば生成限界も変わるはず)


 生み出せるエネルギーが増えて新しい施設などが使えるようになることで利用先が増えるように、既存の施設も強化が入るだろうと思われる。


 でなければダンジョンの利用方法があまりに限られてしまうだろうし。


 ちなみにオークキングだろうが只のゴブリンだろうが関係なく、どんな魔物だろうと一日に百体しか創り出せない。


 だから経験値的な効率面を考えれば強い魔物を生み出した方が賢明なようだ。


(とは言っても、初心者相手にいきなりオークは不味いよな)


 それになにより小百合の様子が宜しくない。


 由里達と違って銃を持つ手が震えているし、最初にゴブリンを仕留める時もそのせいで攻撃が当たらず、最終的には俺がゴブリンを捕まえて動きを封じることでどうにかしたくらいなのだ。


 雑魚であるゴブリン相手でこれである。


 殺されかけたオークと相対したらもっと酷くなることが簡単に予想できるというもの。


「小百合、無理しないで」

「だ、大丈夫だって由里。次からはウチもちゃんとやるからさ」


 生成限界もあるので今日の由里達の目標は一人25体の魔物を倒すこととしている。


 魔導銃があるのでそれを達成すること自体はそう難しいことではない。


 実際に一番魔物を殺すことに抵抗のなかった由里は既にゴブリンを25体倒してノルマを終えていた。


 他の二人も順調に魔物退治をこなして20体まで到達しているのに対して、小百合だけはまだ10体と半分以下しかできていない。


 魔物を倒せば倒すほどに顔色が悪くなり体の震えも酷くなっていることもあって休ませる必要があるからだ。


(ここで無理をさせたら心が壊れる可能性すらあり得るな)


 死ねば光の粒子となって消えるこちらの世界の常識とは大きく異なる魔物とは言え、その外見などは生物に見える。


 だからその生物を仕留める、要するに殺すことを心がどうしても受け付けない人がいるのは異世界でも同じだった。


 それは俺達のような転移者だけでなく異世界人の中にもいたのだから。


 そこで下手に無理をすれば心的外傷トラウマとなり、後々まで宜しくない影響を残すことにもなりかねない。


 そうして小百合以外の面々がノルマを終えてしまう。


 小百合はまだ15体で残り10体もあるというのに。


「……皆、待たせてごめんね。でも任せて! ここからすぐに終わらせてすぐに追いついて見せるからさ」


 そう明るい声で言いながら向日葵から魔導銃を受け取ろうとして、震える手がそれを掴めず落としてしまう。


 空元気なのは誰の目にも明らかだった。


「小百合、もう止めておいた方がいいんじゃないかい?」

「そうだよー、初日なんだからそんな無理しないでも大丈夫だって」

「ダメだよ! だってウチがやるって言い出したんだから!」


 友人達が気を使って止めても切羽詰まった様子で小百合は止まろうとはしなかった。


 そして先程取りこぼした魔導銃を拾うと、強い意思が込められた目で俺の方を見てくる。


「遅くなってごめん、お兄さん。でもここから挽回するから」

「……はあ、分かったよ」


 顔色は悪く体は震えていてもその目に宿る意思は死んでない。


 となればここで強引に止めさせても逆効果になりかねないか。


「でも今のままだと辛いだろうし、ここからは目を瞑って引き金を引くだけでいい。狙いは俺が調整するから」

「え、でも」

「いいから、ほら準備して」


 半ば強引にそう決定すると俺はゴブリンを創り出す。


 まだ目を瞑っていない小百合はそれを見て息を呑んだが、その身体を後ろから支えながら銃を構えさせる。


「大丈夫。何があっても俺が守るから今は落ち着いて、引き金を引くことだけに集中するんだ」

「……うん、お願いします」


 そこで素直にこちらの指示に従って小百合は目を瞑る。


 すると魔物を見なくてよくなったおかげか、身体の震えも大分マシになっているようだ。


 それを見るに、どうやらこの訓練で彼女のネックになっている点は生物を殺すことなどではなく、殺されかけた魔物という相手に対しての恐怖心のようだ。


(それなら克服のしようもありそうだな)


 そこからは俺のサポートのおかげもあって順調だった。


 なにせ俺が身体を支えながら作成したゴブリンの方に銃口を向けさせて、引き金を引くように合図するだけだし。


 小百合としても魔物を視界に入れなければ、その程度の単純作業をこなすくらいは問題ないようだった。


「……よし、最後の魔物を出すぞ」


 そう言いながら俺はこの場にいる小百合以外に静かにしておくようにこっそりと念話で伝えておく。


 そうした上でゴブリンではなくオークを遠くの方に出現させた。


 そのことに驚いている気配を背後から感じたものの、前もって静かにしておくように指示しておいたおかげか誰も何も言わない。


 そして俺の指示に従って目を瞑っている小百合は最後の敵がゴブリンではないことにまるで気付いていなかった。


「折角だし最後は威力を上げた魔導銃を放ってみようか」

「分かった」


 本当は鳴き声が聞こえないようにと遠方に出現させたオークを一撃で仕留めるためなのだが、そんな本当のことは言わずに目を瞑らせたまま小百合に魔導銃をチャージさせる。


 ちなみに指示にもし小百合がこちらの従わずに目を開けそうになったら、その前に俺が視界を手で塞ぐつもりだった。


 そんなことなど露知らず、小百合は俺の指示に従って魔導銃をチャージし終えて、


「今だ」

「うん!」


 しっかりと引き金を引いてみせる。そして放たれた魔導銃の弾丸は見事にオークに命中して、一撃でその命を刈り取っていた。


 そいつが光の粒子となって魔石だけを残して消えたのを見届けて、ようやく俺は小百合に目を開けていいと許可を出す。


「しばらくの間、小百合はこの方法で魔物を倒そう。大丈夫、この感じなら慣れれば目を開けていても問題なくなるだろうから」

「本当!?」

「ああ、俺が保証するよ」


 なにせ既に彼女にとっての恐怖の象徴であろうオークも仕留めているので。そいつが自分でも簡単に倒せる相手だと理解できれば恐れは薄れるはずだろうし。


 もっとも現状では本人はその事実に全く気付いていない訳だが。


「本当にありがとうお兄さん! ううん、譲さん!」


 そうしてステータスカードを手に入れて本日の訓練が終わった俺達は、各々がショップで買えるスキルを確認しながら俺達は居住区へと戻るのだった。


 ああ、そうそう。各々が倒した魔石はポイントに変換させて好きに使って良いとしておいた。


 自分達が倒した魔物がどう言う風に利用できるのか実感できるように。


 最後に小百合が倒したオークの魔石は俺が拾う際にゴブリン魔石に入れ替えて。

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