第70話 居住区への避難と訓練開始

 日本政府や自衛隊の上の方の奴らが余計なことをこちらに仕掛けてくる前に聖樹の中に家族を避難させる。


 それが安全確保として一番だと俺は判断した。


 だから実際にそうした。


 森重に頼んで自衛隊が使う車を借りたこともあって割と簡単だったくらいだ。


 今のINTならある程度の距離まで近づければ転移で聖樹の中に連れて行くことも可能だし。


 それに魔物がいなくなったことが噂になったことで東京から避難していた人が段々と戻り始めているのも影響した。


 自衛隊や国などは安全確認が取れたから戻ることを推奨しているそうだが、それを全ての人が聞くなんてことはない。


 その状態で全ての人や車に目を向けるのは不可能だったということである。


 もっとも転移については俺のスキルではなく聖樹に秘められていた機能だと周りには伝えておいたが。


(俺の力だと思われて困ることは全て聖樹の力ってことにしてしまえばいい)


 これこそ俺の考えた、全ては聖樹のおかげ作戦である。


 そしてこの作戦はこれで終わりではなくこの後も徹底的に、それこそ擦り切れるまで行使するつもりだった。


「……ここがあの塔の中なの?」

「ああ、そうだ。ここは居住区で、他には救護施設やダンジョンとかもあるぞ」


 驚く由里に説明してやる。


 居住区は最初こそドームのような円形の空間しかなかった。


 だけどそれでは生活もままならないので、ポイントを消費して四角形のコンテナハウスのような建物も複数創り出している。


 ただこれが普通のコンテナハウスと違うのは、中の空間や設備などもエネルギーを消費することでかなり好き勝手弄れるという点だ。


 だから建物の設備に関しては先生の協力の元、一家族が生活できるようなキッチンや部屋なども用意してあった。電波なども問題なく通っているし、ここならほとんど外と変わらない生活が可能だろう。


(と言っても居住区の広さによって置ける建物の数にも限界はあるんだけどな)


 だからこの居住区に避難させられる人数にも限りがある。


 今のところ俺の家族と由里の友人である小百合達とその家族だけなので問題はないだろうが、もっと大勢の人を避難させたいのならエネルギーを消費して居住区を拡張しなければならないのだ。


 ただ拡張すればするだけ維持するためのエネルギーも多くなることもあって、安易に広げれば良いというものではない。


 それで肝心の聖域を維持するためのエネルギーが足りなくなったら元も子もないのだから。


「聖樹の中には聖樹を設置した俺が認めた人しか入れない。仮に素性を偽ったりしてならず者が侵入したとしても、この中でスキルやステータスの効果を発揮させるのには俺の許可がいるみたいでな。だから少なくとも外よりもずっと安全なのは保障するよ」


 魔物が侵入できないのに加えて、聖樹の中なら主である俺の許可がない限り力が使えないのだ。


 未だに混乱が続いており、中には人間同士で争い合うこともあるという外と比べればそれこそ楽園のような環境と言っても過言ではないだろう。


「さてと、救護施設はこの後に嫌でも利用することになるだろうし次はダンジョンに行くぞ。そこで早速訓練開始だ」


 とりあえず今回は以前から約束していた由里とその友人三人を連れていく。


 安全な場所に連れて行くとだけ聞かされており、突如として訳の分からない場所に連れてこられて困惑している他の家族連中への説明は居住区で待っていた先生に任せた上で。


 俺の身内だけならともかく、全く関わったことのない妹の友人の親もいるのだ。


 だから年長者で威厳のある先生が説明した方が、単なる若造である俺が話すよりも納得しやすいだろうということで。


(先生ならその辺りの事も含めて上手くやってくれるだろうしな)


 そうして後のことを全て先生に丸投げする形でゴブリンダンジョンに俺と由里達はやってきていた。


「ここがダンジョン。魔物の居城とも言うべき、かつては敵の拠点だった施設だな。まあ今は安全のために一匹たりとも魔物は配置してないから、只の長閑のどかな原っぱくらいにしか見えないだろうけどな」

「そうだね、正直お兄ちゃんが言ってたみたいに魔物が大量にいた危険な場所だったなんて思えないよ」

「……でもここでウチらはその魔物と戦う訓練をするんだよね?」


 緊張した様子を隠せない小百合の様子に俺は苦笑を浮かべる。


 彼女はオークに殺されかけた経験もあるし、たぶんその時のことを思い出してしまったのだろう。


「前にも言ったけど無理する必要はないぞ。人には向き不向きもあるから無理なものは無理と諦めた方が賢明な場合もあるしな」

「分かってる。でもウチはやるって決めたから大丈夫」


 全然大丈夫には見えないが魔物との戦いに身を投じるのなら、それは乗り越えなければならないものだった。


 だとすれば今の俺にできることは心の中で応援するくらいだろう。


 下手な慰めや励ましの言葉を掛けても意味などないだろうし。


 長引かせても辛いだけだろうと俺は早速、一番余裕そうな由里に魔物と戦うための武器である魔導銃を手渡す。


「これから聖樹の機能を使ってゴブリンを一体だけ目の前に創り出す。由里はそいつに向けてこの魔導銃を撃つんだ」


 魔導銃の弾は魔力なので面倒な弾込めなどの細かい作業を覚える必要はない。


 それもあって割と簡単に扱い方は理解できるはずだ。


 最低限の威力のならチャージしないで一気に引き金を引くだけだし、その操作だけなら難しくもなんともないだろうし。


 もっとも一番の問題はそこではないのだろうが。


「それじゃあ準備はいいな?」

「うん、任せて」


 その声に応えるように通常のゴブリンを前方方向に創り出すよう念じる。


 すると俺達がいる場所から少し離れた場所に魔法陣が展開され、そこに光の粒子が集まるようにしてゴブリンの形を模っていく。


「っ!?」


 それを見て背後の誰かが息を呑んだ音が聞こえてきたが、今はそれを無視して魔導銃を構える由里の様子を見る方が優先だった。


 出現したゴブリンはすぐに俺達の存在に気付くと、真正面から突っ込んでくる。


 それを見ても由里は動揺することはなかったが、それでも慣れない魔導銃の狙いを付けるのは難しかったのか放たれた魔力の弾丸は惜しくも敵を外れてしまう。


「ゴブリンは素早くないし、こっちに到着するまでまだまだ余裕はある。だから落ち着いて狙いを定めるんだ」

「うん、分かった」


 その言葉が嘘ではなかったことは次の発砲で証明された。


 なにせ次の弾丸はゴブリンの眉間に見事に命中して敵をしっかりと仕留めていたので。


「よし! やったよ、お兄ちゃん」

「ああ、よくやった。流石は俺の妹だよ」


 これは決してお世辞ではない。銃の狙いを修正する的確さもそうだが、なにより魔物を仕留めてもそれを気にする様子はないのが戦う者としての適性の高さを示しているからだ。


(他の二人も大丈夫なそうだな。だとすると問題は一人か)


 それを青い顔をして見ている小百合という女性を視界の端で捉えながら俺はどうしたものかと頭を悩ませるのだった。

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