第65話 成竜の飴

 子供の白竜であるクーの体格は小さい。


 それこそ子供である茜が抱きかかえたり、俺の頭の上に乗ったりすることができるくらいに。


 異世界と合わせて何年もこの大きさのままほとんど変わらないのだが、それは竜が人間とは比べ物にならない寿命をもっているからなのだとか。


 幼竜から成竜になるのに最低でも百年くらい必要とのことだし。


 そのクーの背中に乗るなんて普通なら不可能だ。

 だが今の俺達三人はそのクーの背に乗って聖樹の元へと向かっていた。


 それもこの感じならあと何十人も乗せることはできるだろう。


「これがその成竜の飴とやらの効果なのか」

「うん、一定時間だけ子供の竜が大人に変化できるようになるんだって」


 それは竜の友というユニークスキルを持つ茜だけが買えるアイテムの内の一つとのこと。


 その飴の効果で子供から成竜となったクーは背中から生えている大きな両翼を羽ばたかせながら気持ちよさそうに雲の中を飛行している。


 これだけの高度なら目視で発見するのは難しい上に、成竜となっても子供の頃に使えていた能力が使えなくなるということもない。


 つまり姿を隠す能力もそのままということであり、生半可な索敵スキルでも発見できないのである。


 更に体格に合わせるかのように鋭く大きくなった牙や爪は、どんな物でも切り裂き、あるいは貫く強力な武器である上に、以前に見せた空気砲も相当強化されていることだろう。


(こいつ、この状態なら下手すれば戦闘機を相手にしても楽勝なんじゃないか?)


 巨大な体躯を誇るのに遊ぶように縦横無尽に空を羽ばたいている様子から小回りも効くのも間違いない。


 なにしろ茜の要望に応えてジェットコースターのような軌道を描くように飛んでみせているし。


 しかも背中に乗る俺達は何らかの力で保護しているらしく背中から振り下ろされることも無ければ、普通なら吹き付けてくる空気の影響などもないのだ。


 これらを総合して考えてみれば、成竜となったクーは機動力も抜群で超高性能なステルス機能を備えている戦闘機のようなものではないか。


(そんで持ってミサイル代わりの空気砲があるから遠距離戦もお手の物と)


 一撃で周囲の雲を吹き散らしている辺り、直撃を受けなくてもその余波だけで戦闘機はバラバラになりそうではないか。


 流石は異世界において黒竜という、これまたとんでもない強さを誇る竜の一族と最強の竜の座を争っていた白竜というものだった。


「その気になればもっと速度も出せるし、クーちゃんの背中に乗っていけば北海道もあっという間だってさ」


 今回は成竜の飴の効果とそれによって成竜となったクーの能力確認のために速度は抑えているが、その気になればもっと速度を出せるようだ。


 なんなら日帰りも十分に可能というのだから恐ろしい。


 これで成竜の飴が一つで30000Pも要求されなかったら、それこそ茜だけでダンジョンでも無双ができたことだろう。


 一応確認のためにステルス状態で人里近くを飛んでみても風が吹きつけるなどもないのか何の余波も及ぼさず、また完璧に隠蔽されているのか誰も見向きもしなかった。


「いやはや、頼もしいのう」

(頼もし過ぎだろ。てか、これを見た反応がそれだけかよ)


 流石は邪神討伐という偉業を成し遂げた勇者一行というものだ。

 色々と規格外である。


 ただ一つの飴で成竜に変身できるのは五分だけなのが唯一のネックだろうか。


 まあその五分も成竜に変身していられる時間とのことで、飴を食べてから五分ではないのでやりようは幾らでもあるだろうが。


 そうしてクーが楽しみながらある程度の性能の検証を終えた後、今回の目的地である聖樹の元へと向かってもらう。


 ただしその高さは雲の上という他の誰の目もない場所である。


「お願い、クーちゃん」

「ギャー!」


 大人になっても鳴き声は子供の頃と変わらないのか、茜のお願いに快く了承の意を返したクーはまるで一本の水晶の塔のような聖樹の周りに氷で出来た足場を作り出す。


 そこに俺達が飛び降りると、クーも成竜化を解除して茜に抱っこされにいっていた。


 甘えるように頬を擦りつけているその甘えん坊の子犬ごとき様子は、先ほどの圧倒的な力を行使していた存在と同じには見えない。


「それで成竜化の残り時間は?」

「あと三分くらいだって」

「ってことは複数の飴を食えば時間が延びるとかもないのか」


 大量の成竜の飴をあらかじめ食わせておけば、あるいは成竜化している最中に新しい飴を食べれば効果時間が延びるとかはないようだ。


 あくまで効果を発揮するのは一つであり五分のみ。


(仮にどうにかしてクーに成竜の飴を持たせられたとしても、解除されてから食べるまでの時間が隙になるのは避けられないか)


 幸い制限時間が切れた後に新しい成竜の飴を食べれば、再度すぐに成竜に変身することはできるようだが。


「ギャー」

「ん? 俺に何か言いたいことでもあるのか?」


 そこでふと、クーが俺の方に顔を向けて鳴いてくる。


 何か言いたいことがあるのは分かったが、その内容までは分からないので通訳を茜に頼むと、


「えっと、思った以上にエネルギーを消費するから寄こす魔力を増やせ、だって」


 どうも更なる魔力をせびっているようだ。


 既にずっと魔力譲渡でINT分の魔力を五秒ごとに与え続けているというのに。


(本当に大飯喰らいだな、こいつ)


 成竜に変身した際に消費するエネルギーは自前で用意しなければならないようで、その量は子供状態とは比べ物にならないらしい。


 だから成竜の力を存分に発揮するためには、もっと俺からの魔力が必要とのこと。


 最悪はその辺りの物を吸収することもできるが、幼竜ならともかく成竜でそれをやった場合、下手すると周辺の土地が生命力を完全に抜き取られて死ぬとのこと。


 なのでどうにかして譲渡する魔力量を増やすから、それは最終手段として緊急時以外では止めるように言っておく。


 異世界であった死の大地なんてこちらの世界に作られたら大変なことになるので。


(ったく、強大な戦力ほど維持するの大変ってのは現代兵器と変わりがないのかもな)


 もっともあちらはメンテナンスとか維持費とかの問題だろうが。


「……うむ、準備できたぞ」


 そんなことを考えていると、聖樹に触れて何かしていた先生がそう声を掛けてきた。

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