第64話 動き出す帰還者達
「それなら北海道へは私が行くよ。それでカナちゃんを見つけたら念話で連絡すればいいでしょ? 譲兄なら転移で私の元にならすぐに来れるだろうし」
相談を受けて茜が出した回答はこれだった。
てか、茜は叶恵のことカナちゃんと呼ぶのか。
二人がそんな風な仲だなんて全然知らなかったぞ。
「いや、待て。茜は切り札として出来る限り温存しておきたいんだが」
「やだ」
「やだってお前な……」
「前の時は美夜姉のこともあったから譲兄の言うことを聞いたけど、いつまでもジッとしてるなんてムリだもん。美夜姉の仇が魔族達だって分かった以上、私は奴らを絶対に許さない。今度こそ全てを焼き尽くしてやる」
異世界で両親を魔物に殺された茜は、いつの頃からか魔物や魔族に対して非常に強い憎しみを抱くようになっていた。
それも敵の親玉である邪神を倒したことである程度は落ち着いたはずだったのだが、またしても親しい存在を殺されたことでその復讐心も復活してしまったらしい。
いや、むしろ前以上に強くなっているのかもしれない。
そう思わせるほど、茜の今の言葉には強い負の感情が込められていた。
思わず先生を見るが、首を横に振っている辺りを見ると家族である先生の言葉でもダメだったらしい。
「本当に良いのか?」
「全くもって良くはないが仕方あるまいて。今のこの子には力が有って、自分の意思でそれを振るうと覚悟を決めている。それに散々異世界でその力に頼ってきておいて、今更になってそれをダメだと言うのはあまりに都合が良過ぎるというものじゃろう。一応、感情に振り回されて無謀なことはしないと約束はさせておるしのう」
それこそ血の繋がった孫のように茜を可愛がっている先生が、こんな簡単に茜の単独行動を認めるのには少し違和感があった。
少なくとももっと説得すると思っていたのだが。
でも確かに言われてみれば茜の力は異世界でも大いに頼ってきたし、そもそも茜は魔物との戦いを経験した一人前の戦士だった。
妹たちのように命を奪うことの覚悟など問うまでもないし、なんなら隠れて後方支援が主だった俺よりもずっと戦場を潜り抜けてきた猛者である。
その相手に対して今までがむしろ過保護だったということか。
「でも今のお前は魔物と戦ってないしランクは1のままだったはず。それで本当に大丈夫なんだな?」
ポイントは俺が魔石などを融通したのでスキルは幾つか手に入れているが、肝心のランクやステータスは成長していないはず。
「大丈夫。てかなんなら今の私でも譲兄よりは強いと思うよ? クーちゃんもいるし」
「ギャー!」
そこで――やるか、この野郎――とでも言うように茜に抱えられているクーが威嚇してくる。
その外見だけ見ると実に可愛らしいのだが、本当にこいつだけでも俺より強いかもしれないのが恐ろしいところである。
しかもその力を十全に活かせる茜まで揃ったら本当に勝機は万に一つもないだろう。
なにせ茜は単純な戦闘力なら勇者を凌ぐのではと言われていたくらい、それこそ圧倒的なまでの強さを誇っていたのだから。
「あっちと色々と違うから心配するのも分かるけど、もう私も子供じゃないし信頼してほしいよ」
(いや、強さはともかく十歳はまだまだ子供だろうが)
そんな発言をしようものなら次の瞬間には茜を怒らせた罪でクーにぶちのめされる未来が見えたので黙っておく。
てか――黙ってろよお前――というクーのこちらを睨みつけるような目を向けられたらそうするしかなかった。
「そうだ! そんなに心配なら私の強さを見せてあげる。こっちでも戦えるって分かれば譲兄の心配もなくなるでしょ?」
「いやいや、待て待て! 今の東京周辺でお前達が力を発揮できることころなんてないだろ。周囲への被害や人目に付くのを避けることを考えれば、余程人気のない場所でないと無理だし」
魔物が跋扈していた東京ならあるいは可能だったかもしれないが、今は解放されてしまっている。
だから以前ならともかく調査のために人も派遣されているそうだし今の東京で戦う場などあるとは思えなかった。
「それは大丈夫。ねえ、お爺ちゃん」
「確かに聖樹に隠されていた機能を使えば可能じゃろうが、これはそんな事のために使うものではないだろうに。全くこの子は困ったもんじゃて……」
呆れた様子の先生だが、否定しないところを見ると茜の言葉は嘘ではないようだ。
それに聖樹の隠された機能とやらも気になった。
「ああ、本当についさっきのことじゃが、神の使いから託されていた例の物の封印が解除できたんじゃよ」
「それは本当か!?」
ルビリアという神の使いがわざわざ厳重な封印まで残した情報だ。
きっと今までのどの情報よりも大切な何かがその中には有るに違いなかった。
「勿論じゃ。それで色々と分かったことがあるんじゃが、言葉で説明するよりも実際に見た方が理解も早いじゃろう」
そう口にした先生はクーを見ると、
「そういう訳でお前さん、儂らを聖樹の元まで運んでくれんか? 周囲に気付かれないようコッソリとな」
そんなお願いを子供が抱えられるくらいのサイズしかない相手に対して口にするのだった。
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