第63話 日本政府の考えと動き
俺としてはこのままやることを終えて北海道に向かうつもりだった。
だがそれは目の前の森重一等陸佐という男に止められてしまう。
「君が東京を奪還してくれたことで魔物という脅威は一先ず去った。だけどだからこそ混乱が起こることが予想されているんだ」
それは無法者達のことだけではない。
なんと日本政府の中でも良くない動きが出てきているだとか。
「魔物が出現した際に総理大臣などの要人が東京から避難したのは知っているかい?」
「ああ、確か岐阜に避難したんだったか?」
「実は逃げおおせた日本政府の人間はアメリカに救援を頼んだんだ。だけど沖縄などでも魔物が発生していて米軍基地でも被害が出ているところもある上に、日本だけでなくアメリカでも魔物は出現している。そうなれば当然のことながらアメリカ軍は自国の防衛を優先せざるを得ないこともあって救援要請は聞き入れられなかったそうだ」
いくら同盟国だとしても自国を犠牲にしてまで守ってくれることはない。
それは至極当然の話だった。
頼みの綱だったアメリカに断られた上に、それ以外の国でも魔物は出現して猛威を振るっているのだ。
その状況で助けがくる可能性が低いことは日本政府も悟らざるを得なかったらしい。
だからこそ自衛隊や警察の多くを動員してなんとか国の中枢である東京を奪還しようと動いた。
だがそれも死んだ人間がグールとなり果てることが発覚した段階で頓挫することとなる。
死んでバケモノになったようにしか見えないが、それでも動いているのだ。
もしかしたら元に戻せるかもしれないと思うのは理解できる。
「かなり下世話な話になるが、万が一グールを人間に戻せることとなった際に政府の指示でそれらを排除したとなれば大問題になりかねないという上の思惑も働いたらしい。蘇生スキルというものがショップに並んでいた人物がいたこともそれに拍車を掛けたそうだ」
「人道的観点とかの話ではなく、要するに保身ってことか」
実は助けられた対象を政府の命令で自衛隊や警察が処分した。
しかもそれが罪のない一般人が多く含まれている。そうなった際に周りから非難されるのを恐れたということだろう。
「勿論、魔物が一晩で復活してしまうことも大きな要因ではあった。各地に被害が出ているせいで交通や物の流通などにも大きな障害が出ているし、これが続けば食料は疎か、銃やその弾などの物資も不足するのは目に見えている」
銃などの兵器があることでどうにか撃退できているのだ。
それらが不足したらどうなるかは考えるまでもない。
だからこそ確実な有効打が与えられると分かるまで物資を温存するという方向で話は進んでいたのだとか。
幸いにも魔物達はある一定の範囲でのみ行動するようだったので、
だがその矢先、急にオークが東京から消えた。
それも原因不明のまま一晩で。
そのことに日本政府は動揺したものの、その後は歓喜に包まれたらしい。
なにせ突如として現れた人類の脅威が何故か勝手に消滅してくれたのだから。
しかもそのすぐ後にゴブリンまで消え去ることとなり、東京から魔物が完全に消えることとなった。
その情報が齎された関係各所は狂喜乱舞したのだとか。
「それが君の活躍によるものだと今の私は知っている。だけどそれを知らない総理達は時間が経てば魔物は消えるのではないか、という考えになっているようなんだ」
それにより少し前まで何としてでも魔物を倒さなければならないという意見が優勢だったのが、時間を稼げばいいのではないかという意見に圧され始めているらしい。
勿論、日本以外の世界各国ではそのような現象が確認できていないので、安易にそう思い込むのも危険だという意見もあるようだが、どうしても楽観的な意見が優勢になってきているとのこと。
(人間は見たくないものを見ない生物ってことか)
このまま何もしないでも問題が解決してくれるのではないか。
いや、してくれないかと希望的観測を持ってしまったのだろう。
まあ戦力的に苦境に立たされている中でそんな希望が目の前をチラついたら縋りたくなる気持ちも分からなくもない。
またそれ以外でも自衛隊や警察の上の方では覚醒者は厳重な態勢で管理すべきというような話も出ているのだとか。
危険な力を持つ者を野放しにする訳にはいかないという建前だそうだが、だったらその前にもっと危険な生物である魔物を倒しに行けよと言いたくなるものである。
「あれ? ってことはもしかしてあんた、叶恵や俺のことは上に報告してないのか?」
そういう警察や自衛隊の上の連中とやらが俺の事を知ったなら、なんとしてでも確保しようと動くはずだ。
それこそこちらの家族を人質に取るような蛮行をしてでも。
「いや、マキという女性に助けられたことは報告したよ。だが当時は覚醒者の存在がまだ周知されていなかったこともあって、上には彼女に助けられたことを報告しただけで寝ぼけたことを言うなと一蹴されるだけだった」
そこでこの森重という男は上に不信感と危機感を抱いたらしい。
本当にこのまま上の指示に従うだけでいいのか、と。
マキが――このままではいずれ人類は魔物に滅ぼされることになる。それは自分一人がどれだけ戦おうと変わらないだろう――という内容を語っていたこともそれに大きな影響を及ぼしたらしい。
自分達が銃器に頼ってもやられかけた相手を生身で鎧袖一触する女傑。
その彼女ですら勝てない脅威が迫っているかもしれない。
だからこそマキが言っていた通りに東京から魔物が消えた時点で、この男は頼るように指示された英雄という人物を本格的に探し始めたとのこと。
それも上にはそのことを報告せず、更にはそういう人物がいてもまずは自分が接触できるように手を回す真似までして。
それが発覚すれば重大な背信行為と言われて厳罰が下るかもしれないというのに。
「そして俺に辿り着いたと」
「実際に会った君と会話をしてみれば、誰も知らない聖樹や聖域の事を知っていた。それも当然の事のように。ここに至って私はマキという女性が語っていたことは全て本当の事なのだと悟った形だね」
だからこそこのまま俺が東京を離れるのは危険だと森重は語る。
「残念だが私が報告を遅らせていられる時間はそう長くない。遠からず君が異様な強さを誇る覚醒者だということは上の連中にも伝わるだろう。そうなった時に君がいない内にバカなことをする奴が現れる可能性を否定できないんだ」
だからこそ俺が北海道に向かうのなら、そういう事態になっても困らないようにしておかなければならないということらしい。
「なるほどな。意外だったのは俺をここに案内した監視員が上とやらに詳細を報告していないことだよ。確か警察関係者だったはずだし、自衛隊のあんたがよく口止めできたな」
森重という男がいるこの場に案内してきたことから、あいつもこの男の協力者なのは明らかだった。
でなければ俺はこの場ではなく総理大臣とかがいる場所まで連れていかれるはずだっただろう。
それももしかしたら連行というような実に不本意な形で。
「それに関しては運が良かったと言う他ない。どうも覚醒者関連で彼も上には色々と思うところがあったようでね。少し前から英雄の存在を探すことにも協力してもらっていたんだ」
だとすると俺がゴミカス共を始末する様も、その英雄である可能性を確かめるための試金石にされていた形か。
(そう言えば仁や深雪とかが俺に敵意を向けた時も、あいつだけは最初から最後まで動くことなく無抵抗だったっけか)
それも俺の事を英雄という存在ではないかと考えてのことだったのかもしれない。
「話は分かったよ。でもダンジョンの攻略は絶対に行わなければならない以上、いずれ俺は動かざるを得なくなる」
つまり俺がずっと家族を守ることはできないのだ。
仮に守り続けても、人類全体が負けて滅びを迎えれば何の意味も無い訳だし。
自分が動かなければ勝てないというのはある意味ではこれ以上ないくらいに傲慢な考えなのだろう。
だとしても美夜の時のように取り返しのつかない事態になってから後悔するのはよりは断然マシだった。
(さて、それを踏まえてどうするべきか……)
何にしても日本政府などが余計なことをする前に対策をしなければならないだろう。
そう考えた俺は茜や先生に事情を説明して協力を要請するのだった。
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近況ノートでも述べたのですが、今作を含めたカクヨムコンに応募している3作品の毎日更新は1月31日で一先ず終了とさせていただきます。
区切りの良いところまではなるべく早めに書いて投稿したいと思ってますので、それまで気長にお待ちいただけると嬉しいです。
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