第37話 遺したもの
呪いの繭とでも言うべきそれに守られた魔族だったが、至近距離から放たれたオークキングの大剣の斬撃を防ぐことは叶わずに、その守りごと上半身を切り裂かれる。
さしもの魔族も胸から上だけとなれば終わりだ。
どうにか命は繋げても身動きなど取れたものではない。
「バ、バカな……!?」
周囲には弾け飛んだ呪いの残滓が存在するが、それらは俺に触れる前にアミュレットから発せられる聖なる光によって弾かれ消えていく。
それはまるで美夜が守ってくれているかのように。
「あ、あり得ない。我がこのような人間に負けるなど……!」
「残念ながらお前が負けた相手は俺じゃない。散々脅威だと警戒していた聖女にだよ」
グールと化した美夜を倒した時、その傍には彼女がいつも使っていたバッグが残されていた。
そしてその中には殴り書きされたメモとこの耐呪のアミュレットが入っていたのだ。
これは推測だが美夜は俺と通話を終えた後、残された僅かな時間でも諦めなかったのだ。
それは生き残るということではなく、連絡を受けてその場に来るだろう俺に何かを残そうと。
耐呪のアミュレットは俺や茜達のショップのラインナップには存在しなかった。
ということは茜にだけ買える竜専用のアイテムのような、美夜だけがショップで購入できるアイテムだったのだろう。
癒しの力を持ち聖女と称された美夜なら、こういうアイテムが買えても不思議ではない。
だから自分が死ぬ原因となった呪いに対抗する手段を残して、そのアイテムが身に着けた服などと一緒に消えないようにバッグに入れて自分の身体から離れた場所に置いておいたのだろう。
でなければいつも身に着けていたバッグだけが、俺がすぐに気付く場所に不自然に残されたりしないはずだ。
更に言えば一緒にあったメモには、自身が不意打ちで攻撃をされたこと。
その攻撃をした奴が何者か分からなかったことから、敵がただの魔物ではなく知恵のある魔族である可能性があり得るということも記されていたのだ。
(美夜が遺したこの情報がなかったら、さっきの不意打ちも対応できなかったかもしれない)
あいつが残した情報が頭の片隅にあったからこそ、即座に異変に気付けたのだ。
「せ、聖女だと。あの女がいったい何をしたというのだ!?」
「それは死にゆくお前が知る必要のないことさ」
大剣を構えて、妙な動きをすればすぐに止めを刺せる状態を維持する。
こいつにはまだ聞きたいことがあるのだ。
「死ぬ前に色々と話してもらう。まずはお前がこれまで何をしていたのか。聖女と戦った時のことも含めて全て話せ」
「……我がお前の言うことを素直に聞くと?」
「話さないなら今すぐに止めを刺すだけだ。内容に偽りがあると俺が感じてもそれは同じだぞ」
魔族が観念する訳がなく、この状態になっても反撃の機会を窺っているのは嫌というほど知っている。
でもだからこそこいつは反撃するための時間を稼ぐために、ある程度は正直に話をするしかないのだ。
でなければ反撃の機会も与えられず殺されるだけなので。
それが分かっているのか魔族はその時のことについて語りだす。
美夜を見つけたのは偶然。他の人間がオークに襲われていたそうで、それを守るように戦っていたところに不意打ちで呪いの攻撃を仕掛けたとのこと。
攻撃は当たったがそれでも美夜はオークを討伐した後にその場から逃げ出し、その時は魔族が力を十分に取り戻していなかったので反撃を恐れて深追いできなかったとのこと。
そこからダンジョン周辺で姿を見かけていないことから、今は警戒して潜伏しているのではないかと魔族側では考えられているらしい。
他の勇者一行も姿が見えないことから、姿を見せないことには何か狙いがあると思われているようだ。
(敵からしても、こんな簡単に聖女が仕留められるとは思ってなかったってことか)
それは大きな勘違いなのだが、わざわざそれを訂正してやる必要はないだろう。
むしろ存在しない対象を警戒させて敵の動きが鈍れば御の字というもの。
それに美夜という貴重な人類側の戦力が失われたと魔族側に気付かれて勢いづかれても怖い。
ならば可能な限り美夜が死んだことは隠し通すべきだろう。
「なるほどな。聖女の言ってた通りってことか」
だから俺は美夜が今も生きており、俺はその指示に従って動いているような口ぶりで話すことにする。
「それはどういう意味だ?」
「知る必要はないが、言ってしまえばお前は聖女様の良いように操られたってことだよ」
「……そうか、そういうことか。お前は聖女が仕掛けた囮だったのだな」
全然違うけど頷いておく。
まあこいつはここで殺すので演技する意味もないかもしれないが、今後の練習ためにもしっかりと演じておこう。
なにより死にゆくこの魔族に美夜を殺したという大戦果を成し遂げたと思わせたくなかった。
美夜の仇であるこいつには何も成せなかったという絶望を抱えた最期こそ相応しいと。
そこからも矢継ぎ早に質問をしていく。
魔族や魔物がどうやってこの世界にきたのか。ダンジョンとは何かなど疑問に思ったことはほとんど問い掛けた。
その全てに回答があった訳ではないが、その中でも邪神側と人類側で陣取り合戦のようなものが行なわれているという情報はかなり重要なものだろう。
(なるほどな。ボスを倒せば人類側に恩恵があるってのはそういう意味だったのか)
ボスを倒してダンジョンを消滅させた際に神の力が回復したと言っていたし、そうすることで人類側を優勢にできるのは間違いないようだ。
ならば今後もボスを倒してダンジョンを消滅させる方向で動くので間違いはないだろう。
と、そこである程度まで回復した魔族が最後の力を振り絞って動こうとする。
「こうなったら貴様も道連れにして!?」
「一人でくたばってろ」
呪いの塊を口から吐き出してきたが、警戒していた俺はそれをあっさりと躱すと止めの大剣を振り下ろした。
その一撃を以って魔族の命は絶たれ、魔石だけを残して消えていく。
そして魔族の言っていた通り、張り巡らされていた結界も魔族の死を契機に砕けていった。
(……これで一先ず仇は取れたぞ、美夜)
今でもそれであいつが喜ぶとは思えない。
茜は違うと言っていたが、無茶をしたことを叱ってくるイメージしか俺には湧かないのだ。
だけどそれでも何もしないよりはずっとマシだった思うしかないだろう。
ここでやるべきことは全て終えた。
俺は魔族の魔石を回収して、その場を立ち去るのだった。
◆
しばらくして魔族が死んだ場所にどこからともなく現れた一匹のゴブリンがやってくる。
そして何もない地面に顔を近づけて匂いを嗅いでいたかと思うと、徐に地面を掘り始めた。
そうしてしばらく掘り続け、やがて黒い玉らしき物が見えたところでゴブリンはその手を止めると、
「ギイ!」
探していた物が見つかったというように喜びの声を上げる。
そしてその黒い玉を手に取ったゴブリンは躊躇いもなくそれを口に入れて呑み込んだ。
「……セイジョ、イキテル。テキ、マリョク、ナイ」
呟かれる言葉はなんと死んだはずの魔族が知り得た情報だった。
そう、あの魔族は上半身を斬られて尋問されている間、回復する時間を稼ぐと同時にどうにかして仲間に情報を持ち帰ろうとしていたのだ。
そして自分が知り得た情報をこうして地中に隠しておいたのである。
「ミョウナ、イドウ、キョウイ。ダガ、ヤツハ、オトリ。サソイダサレル、キケン」
その目論見は敵に気付かれることなく上手くいった。
ただしそこに含まれる情報に敵の欺瞞情報が含まれていることには、さしもの魔族も気付けなかったようだが
「シバラク、ヨウスミ。テキノオモワク、ミキワメル」
その偽りの情報が今後の争いの行方に大きな影響を及ぼすことになるのだが、そのことを知る者は今の時点では誰もいなかった。
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