第36話 例外たる勇者と英雄

 強い魔物や魔族が持っている能力の中で厄介なものを一つ挙げるとすれば、それは敵の大まかな力を把握する特殊な知覚能力だろう。


 大抵の魔族は相対しただけで彼我の力量差をおおよそ把握する。


 それによって確実に勝てる敵や集団の中で弱点となる人物を見つけるのが上手いので、この知覚能力は地味に思えるが決してバカにしていいものではない。


 それを誤魔化す方法もない訳ではないが、高位魔族を騙せるほどの能力は非常に稀だし。


 それに騙したところで不意を打てるのは精々一度のみ。


 その一度で敵を仕留められるのなら騙すために訓練を積むのもありかもしれないが、そうでないなら普通に強くなるために鍛錬を積んだ方が効率的というもの。


 だが何事にも例外は存在する。


 例えば勇者。


 神から授けられた力を発揮していない普段のあいつは、どこからどう見ても優しそうな青年にしか見えないし発揮できる力もそれほどではない。


 だが一度、その身に秘められた破邪の力を解放すればその印象は一変する。


 あいつが与えられたのは邪神とそれに類する者への特攻の力のはずなのに、それ以外の奴らですら解放された力の覇気に思わず圧倒されるだからその凄さが分かるというものだろう。


 だから普段の勇者を見て相手にならない雑魚と侮っていた魔族が、力を解放した瞬間に恐怖に慄いて動揺するのも無理はない話だ。


 まあその分、消費する魔力はチート能力の中でも他の追随を許さないくらい圧倒的トップなのだが。


「油断している敵、冷静さを欠いた相手は楽でいいよ。こちらが何もせずとも勝手に自滅してくれるからね」


 涼しい笑顔で誰よりも魔物と魔族を殺し続けた勇者はかつてそう言っていたものだ。


 それには俺も大いに賛成の立場ではあった。


 なにせ俺も、その動揺を誘う戦い方をする例外の一人だから。


 消費した魔力の分だけ使用者の力を強化する魔闘気。


 それは使用していない最中は一切力が強化されてないということである。


 つまり魔族が認識する普段のこちらの力量は魔闘気による強化がない状態のもの。今のステータスでそのほとんどが100に届かない程度の力しかない。


 そんな奴が急に倍以上の力を発揮して接近してくる。その時に大半の魔族は動揺するのだ。


 あり得ない、先ほどまではこんな力を発していなかったはずと。


 自身の知覚能力に自信がある奴ほど、この際の動揺は激しくなる。


 その例に漏れず目の前の魔族も動揺の色を隠せないでいた。その隙を逃す俺ではない。


「がは!?」


 振り下ろされたオークナイトの大剣がその身体に食い込み激しく血が迸る。


 だがまだだ。この程度で魔族は死んだりしない。


「き、貴様!?」


 この期に及んでもまだ無駄口を叩くとは随分と余裕があるらしい。


 それとも焦り過ぎて次の攻撃がくるということに頭が回らないのだろうか。


 その代償は右腕と翼が断ち切られるというもので支払われることとなった。翼のある魔族は飾りではないので、これで治るまでまともに空も飛べないだろう。


呪いの病巣カースドリージョン!」


 そこでようやく腕を犠牲にして背後に退いた敵の反撃がくるが、平静さを取り戻せてないせいか単調だ。


 こちらに差し向けられた掌から先程見た黒いヘドロのような塊が複数放出される。恐らく名前からしてそれらは触れた者を呪う類いの攻撃だろう。


 美夜を呪い殺したことからもかなり強力な呪いと思われるが、それも当たらなければ問題にはならない。


 弾幕を張ろうにも片手では十分な数を放てず、その間を縫うように接近する俺を止めるには至らないので。


「ま、待て!」

「バカか。そう言われて誰が待つかよ」


 そうして首を刎ねるべく振るわれた大剣は僅かに届かなかった。


 だが空振りした訳ではなく魔族の首からは少なくない血が噴き出ている。


 どうにか距離を取って態勢を立て直そうとする魔族に対して攻撃の手を緩めるなんて選択肢はあり得ない。すぐに俺は大剣を担ぎ直すと、


「おらあ!」


 接近ではなく敵の心臓に向けて全力で投擲する。


 また俺が突貫してくるかと思っていたらしい魔族はその攻撃に虚を突かれたのか、回避し切れずに大剣にその身を貫かれ、その勢いのまま背後の結界に衝突する。


「ふ、ふざけるなあ!」


 このままでは負けることを理解したのか、ここにきて魔族はなりふり構わず全力で抗ってきた。


 即ちその全身から黒い呪いのヘドロを放出し始めたのだ。


「このまま呪いの病巣カースドリージョンで結界内を埋め尽くしてくれる! 回復した力を使い切ることになるが、貴様をここで何としてでも仕留めるためには致し方ない!」


 絶えず生み出される黒い呪いの塊は魔族の全身を覆い隠しても止まらず、ゆっくりと迫ってくる。


 このままでは時間は掛かるものの、いずれは俺を含めた結界内の全てが呑み込まれてしまうだろう。


「初見でこの呪いに対抗する術などあるまい! 終わりだ! 名も知らぬ人間め!」

「そうだな、確かに何の情報もなければ対応するのは難しかったかもな」


 だけどそうではない。


 だってこちらには死にゆく聖女から、俺を愛してくれた美夜という女性から残されたものがあるのだから。


 俺はインベントリに収納しておいたとあるバッグを取り出すと、そこに入っていたアクセサリーを取り出して魔力譲渡を発動する。


 そのアクセサリーの名前は耐呪のアミュレット。


 誰が遺してくれた物かだなんて言うまでもないだろう。


 更に俺はここで決めるべく、オークキングの大剣をショップから購入して魔力を流し込むと、道を切り開くべく飛ぶ斬撃を放つ。


 飛翔した斬撃は魔力が込められているせいか、呪いの塊である黒いヘドロを掻き分けるように進んでいく。


 徐々に勢いがなくなった斬撃が切り開けたのは僅かな距離だったが、それで問題ない。


 その斬撃によって切り開かれた道に飛び込んだ俺に周囲の呪いが纏わりつこうとするが、身に着けたアミュレットの光がそれらを退ける。


 そうして耐呪のアミュレットとオークキングの大剣によって本来なら踏破不可能な道を進んだ俺は呪いの守りによって身を固めた奴に対して、


「これで、終わりだ!」


 止めの斬撃を振り抜いた。

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