第35話 幕間 魔族の誤算

 邪神様が勇者に討たれた後、敗走を余儀なくされた我々は苦難の道を歩んでいた。


 魔物も魔族も邪神様から多くの加護を受けて力を手に入れたという性質上、その力の源たる神が死ねば著しい弱体化は免れないからだ。


(数多の世界に攻め入り、滅ぼすことで力を奪い取ってきた誇り高き我らが、まさかこのような無様な姿を晒す羽目になるとは)


 邪神様だけではない。多くの同胞である魔族も我らの恐怖の象徴と扱われるまでになった勇者とその一行によって討たれ、敗走する過程でも配下の魔物も失うばかり。


 このままでは我ら魔族は遠からず絶滅することになる。


 そんな絶望の最中、我々は大きな賭けに出ることにした。

 それ以外に生き残る術はないと考えたのだ。


 その方法とは今の我らでも滅ぼせる世界に攻め入り、そこで何とかして復活するための力を奪い取るというものへ。


 言葉にすれば単純かもしれないが、実行するのは困難を極める内容だ。


 何故なら主である邪神様を失って弱体化している我らでは異なる世界間の移動もままならず、移動先に選べる箇所はそう多くはない。


 そんな少ない数の中で、更に今の我らでも勝てる世界がある可能性が高い訳がないのだから。


 だがそれでもこのままズルズルと力を失っていくよりは、戦う力が残されている内に動くしかない。


 そう決意して賭けに出た結果、なんと恐怖の象徴である勇者一行の故郷である世界に辿り着いたのは、なんという皮肉な運命だろうか。


 いや、あるいは勇者達が世界を行き来したことで、世界と世界を隔てる壁が一時的に薄くなっていたのかもしれない。


 だからこそ弱体化した我らでも世界を守る壁を不意打ちで突破することが出来たのだろう。


(この数奇な運命はきっと、我らに憎き仇敵を滅ぼせという邪神様からの命令に違いない)


 そうして何とかして勇者の故郷である世界に進出した我らだったが、やはり限界だったのか、そこで大半の魔族が力尽きてしまった。


 少なくとも休息を取らねば満足に行動できない者も多く、一気にこの世界を攻め滅ぼして力を奪うことはどう考えても不可能。


 そのため我々は計画を若干修正する。


 即ち一気に攻め滅ぼすのではなく、じっくりと世界を侵食する形で攻め、我らが復活するための力を着実に奪うというものへと。


 時間は掛かるかもしれないが確実な手段を選択した形だ。


 そうして我々はまず、先兵である魔物を世界中に解き放とうとした。


 またダンジョンという侵攻する世界に根差して力を奪い取り、それを利用して新たな魔物を無限に生み出す機構も同時に設置しようとした。


 それによりこの世界の生命体を減らし、更には抵抗する力も根こそぎ奪ってしまおうとしたのである。


 だがそれをこの世界の神と呼ばれる存在が易々と受け入れるはずもない。


 世界を阻む壁は突破されたものの、どうにかしてこちらの侵攻を押し留めようと抵抗したのだ。


 その結果、幾つかのダンジョンの設置は行なえたものの、その数は十分とは言えず、しかも送り込んだ魔物はダンジョン周辺でしかまともに活動できないという状況となってしまった。


 また世界を侵攻されるという緊急事態に際して、敵も手段を選んではいられなかったのか人類に抵抗するための力を授けようとした。


 無論の事、それを易々と許す我らではなく徹底的に妨害してやったが。


 そうやって互いにとって有利な状況を整え、相手に不利になるように画策したことで、この世界は両陣営の思惑が複雑に絡み合った状態へと変貌してしまった。


 だがこの混沌と化した状況の中でも確実に言えることがある。


 それはこの世界でより多くの陣地を支配した陣営が勝利に近づくということだ。


 我らはダンジョンや魔物によって自身が支配する領域を広め、そこから復活に必要なエネルギーを奪い取る。


 逆にこの世界の奴らはそれを阻止することで、消耗した神が一早く力を取り戻すようにする。


 そうやってどちらが先に敵を排除できる力を蓄える、あるいは取り戻せるかの勝負が繰り広げられているのだ。


 その中で我らの脅威となるのは、やはり異世界からの帰還者。特に勇者一行は最大の敵と言っても過言ではないだろう。


 だからどうにかして早い段階で排除できないかと画策して、偶然発見することができた、かつて聖女と呼ばれていた女に不意打ちで呪いを付与したところまでは事は上手く運んでいたのだ。


(あの程度で死ぬとは思えないが、あれから領域内で奴が動き回る様子は確認できていないからな)


 恐らく慎重を期して他の勇者一行と合流しようとしているのだろう。


 そうなる前に一人でも仕留めておきたかったところだが、流石にそれは欲張り過ぎというものか。


 ただ相手が早急に動かないのならばこちらとしてはその間に支配領域を広げられるということでもある。


 魔物や魔族が全盛期とは程遠い力だけでも発揮できるのも、また魔物の目を介して映像や音声などの情報が得られるのもダンジョンが影響を及ぼしている支配地域のみ。


 そこから僅かでも外れるとありとあらゆる力が使えなくなるのだ。


 それでもこの数日、世界中でダンジョンが奪い取ったエネルギーによって幾人かの魔族は一定の力を取り戻すことができている。


 我もその内の一人であり、聖女を襲った時にこの状態であれば取り逃すこともなかっただろう。


 そうして徐々に、だが確実にこちらに趨勢が傾き始めていると思っていた時だった。


 突如として一つのダンジョンが攻め入られているという情報が回復したての我に齎されたのは。


(あり得ない。ダンジョンは侵入者を排除する防衛機能が幾つも施されているんだぞ)


 ダンジョン毎に種類は違うが、オークダンジョンでは常に入口を守る門番や一本道に大量の魔物を配置するなどで、そう簡単にダンジョンを攻略できないようにしてあるはずだった。


 魔力が回復し辛いこの世界では、多数の魔物との連戦を繰り返すのは非常に困難を極めるはず。


 だが実際には我がダンジョンの元に到着する頃にはボスとの戦いが始まってしまっていた。


 そこで気付いたのだが、ダンジョンの各所に我らの知らない魔法陣がいつの間にか仕掛けられている。


(これはこの世界の神の仕業か。くそ、いつの間に! 奴もただやられるばかりではないということか)


 そうして忌々しいことにボスは討伐されてダンジョンを攻略されてしまったが、まだ終わった訳ではない。


(まだだ。ここで脅威となるそいつを仕留めればいいのだ!)


 そうすれば被害はこのダンジョンの一つだけ。まだまだ挽回の効く損害でしかない。


 ダンジョンから出てきたそいつは異世界からの帰還者ではあるようだが、幸いなことに勇者一行でもなければそれ以外の危険人物として挙げられていた奴でもなかった。


(ならば妙な移動方法さえ潰せば、今の我でも勝てるはず)


 見て取れる力もそう強いものではないのもその考えを助長させた。


 だから結界で逃げ場を封じて魔力吸収攻撃を当てた時は確信した。


 これで敵はスキルという妙な力も発揮できなくなるはずだと。

 後は呪いをかけて嬲り殺しにすればいいと。


 だがその予想に反してこの敵からは信じがたいことに魔力を奪い取れなかった。


(バカな! 僅かな魔力すら吸収できないだと!?)


 それはつまり目の前の男が一切の魔力を有していないことに他ならない。


 そうでなければ奪い取った魔力を吸収できるはずだから。


 しかもいつの間にか感じ取れる力の強さも先程までとは比べ物にならなくなっているではないか。


「効かねえよ」


 その言葉が強がりではないことが分かった我は何故か、迫りくるそいつに対して底知れぬ恐怖のような感情を覚えてしまう。


 それはかつて数多の魔族を打ち滅ぼした勇者を初めて見た時、自身の天敵である存在を認めた時に感じたものと非常に近しいものだった。


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