第34話 仇の正体

 お互いに敵意も警戒も隠さずに相対する俺と魔族。


 だがその一触即発の雰囲気とは裏腹にすぐに戦闘が始まるということはなかった。


「かの勇者一行以外にも警戒すべき存在がいたとはな。まさかこうも早くダンジョンを消滅させられるとは想像すらしていなかったぞ。それで貴様は何者だ?」

「わざわざ教えると思うか? 敵であるお前に」


 互いに僅かでも隙を見せれば襲い掛かる準備を整えているのが伝わってくる。


 だが逆に言えば、その時が来るまでどちらも中々攻め込めないということでもあった。


(あの黒い塊は真面に受けたら不味そうだな)


 先程までいた場所。

 そこに落下したはずの黒い塊は既に消え去っているし、その周辺のアスファルトの地面なども特に異常は見られない。


 だとすれば人間などの生物のみに効果がある攻撃といったところだろうか。


(あれだけ禍々しいものが無害なんてあり得ないからな。あれは呪いか何かか?)


 こうやって俺が魔族の情報を考察しているのに対して、魔族も俺の妙な移動方法について考えを巡らせているに違いない。


 そう考えると転移を見せてしまったのは少し迂闊だったか。


(いや、あのタイミング的に転移でなければ回避できたとは思えない。それに転移を警戒しているからこそ敵も動きを止めているんだ)


 ならば失敗よりも次にどうするかを考えるべき。


「なあ、お前達はどうしてこの世界にやってきた? 目的はなんだ?」

「どうしてだと? そんなことは決まっている」


 こちらの質問になどまともに答えてくれないかと思ったが、意外なことにこの魔族はそれをあっさりと口にしてくれた。


「貴様らが邪神と呼ぶ我らが神は勇者という名の愚か者の手によって討たれた。ならばせめてその憎き仇敵の故郷を滅そうと我らが考えてもおかしくはあるいまい」

「つまり目的は復讐だと?」

「勿論それだけではない。この世界を支配し力を蓄えた後、我らは今度こそ勇者のいる世界を攻め滅ぼすのだ! その際にはこちらの世界の人間は良い人質となることだろうよ」


 力を蓄えることと並行して恨みも晴らして、そして最も危険と思われる勇者に対抗する手段を得るため。


 なるほど、理屈としては分からなくもない。


「それにこちらの世界に幾人かの勇者一行が戻ってきていることも掴んでいるからな。同じ過ちを繰り返さないためにも、そいつらを各個撃破しておくに越したことはないだろう?」


 やはりそうだったか。


 妙だと思っていたのだ。


 これまでの俺が東京を巡ってオークなどの魔物を狩っていた中でも、魔力吸収や呪いなどの攻撃を使ってくる個体と遭遇することはなかった。


 ダンジョンボスであるオークキングですら力は強かったが、特殊な攻撃はポイズンブレスくらいしかしてこなかったものだ。


 それなのに異変が起きた初日、美夜にはそんな厄介な攻撃を持った相手が襲い掛かったという。


 それら全ては、美夜を始めとした勇者一行を危険視した魔族が手引きしていたからだとすれば辻褄は合う。


 いや、先ほどの攻撃からしてもしかしたらそれ以上の可能性もあり得るのか。


「さて、話はここまでだ。貴様を逃がさない檻は出来上がったからな」


 その言葉で気が付いた。


 俺と魔族を取り囲むように一定の範囲で結界らしきものが張られていることに。


(やられたな。こいつは話をしながらこの結界を張ってたのか)


 やけにこちらの知りたいことを簡単に話すと思っていたが、それはこちらの注意を引き付けるためのものだったらしい。


「この結界はダンジョンのボス部屋に施されるものと同種。つまり私かお前、どちらかが倒されるまで決して消えることはなく、ありとあらゆる干渉も通さない周囲と断絶された空間。つまりお前が幾ら重要な情報を知り得ても、ここで死ねば何の意味もないということだ」


 だからペラペラと話したということか。


 勝ち誇った様子の魔族は自らの勝利を欠片も疑っていないように見える。

 どうやら転移で逃げられない状況を整えれば勝てると思っているようだ。


 それは己の実力を誇り傲慢で自信過剰な奴が多い、実に魔族らしい態度である。


 それが勇者一行に敗北した要因の一つだというのに、未だにそれを改善することができないのはもはやそういう生物的な習性なのだろうか。


 あるいは例外的な油断も隙も無い強力な魔族は勇者によって徹底的に討たれ滅ぼされたと聞くし、そうではないからこそ目の前の魔族はここまで生き延びられたということなのかもしれない。


(こちらからしたら敵が迂闊な奴が多い方が助かるし理由なんて何でもいいか)


 それよりも確かめなければならないことは他にある。


「一つ聞くが……もしかして美夜を、勇者一行の聖女を襲撃したのはお前か?」

「ほう、それも知っているのか。ならばあの女は、呪いを受けた身でありながらしぶとく生き延びたということか。実に忌々しい限りだな」


 肯定する発言にグッと怒りが沸き上がるが、続く言葉で困惑する。


(生き延びただって? なんでそんな勘違いをしているんだ、こいつは?)


 美夜は確実に死んでいる。グールと化した美夜に止めを刺したのは他ならぬ俺だし、御霊石も回収したのだから絶対に間違いない。


 だとすると、こいつは美夜に呪いをかけた後にどうなったのかを知らないということか。


(確かに美夜は呪いを受けても逃げ出して俺に通話を掛けてきてたな)


 でもそれならばどうしてこいつは美夜に止めを刺さなかったのだろうか。


 MPも吸収して呪いまで掛けた相手をみすみす見逃すとは思えないし、そもそもこの結界が張れるなら美夜に逃げられるなんてことも無いはずだ。


「……気が変わった。本当ならさっきの質問を肯定した時点で問答無用にぶち殺してやるつもりだったけど、お前にはその前に洗いざらい情報を吐いてもらう」

「は! 何を言うかと思えば世迷言を!」


 魔闘気を発動した俺に対して魔族も戦闘態勢に入る。


「マジックドレイン!」


 美夜から得ていた情報通り。こちらの魔力を奪う攻撃を仕掛けてくるが、


「効かねえよ」


 他の奴ならともかく俺にはそれは何の意味もなさない。


 何故なら俺のMPはだからだ。


 自慢の魔力吸収攻撃が効いていないせいか、驚いた様子の魔族が立て直す隙を与えることなく、俺は強化されたステータスで敵に襲い掛かった。

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