第18話 幕間 とある自衛官の任務
突如として東京に現れたバケモノ共。
そいつらは急に現れたのと同じくらいに唐突に人々を襲い始めた。
そして現在でもその被害は続いており、多くの人が都内から逃げるように避難している。
だがそれは東京だけの現象ではなかった。
日本だけでも既に複数の場所で違うバケモノの存在が確認されており、世界中でもそれは同じらしい。
そして各地に現れるバケモノはどれも種類が違うようで、東京に現れたのは豚頭に人の身体を持ったような奴と緑色の肌をした小柄な人型のバケモノであった。
多くの死傷者が出ている中でも数少ない朗報だったのは、そのバケモノ共は一定の地域にのみ現れるということだろう。
たとえば豚頭のバケモノ共は東京近辺でしか出現せず、行動範囲もその周辺のみとなっている。
ただし避難した人間を追っていた場合などはその限りではないところから察するに、一定の範囲からは出られないということではないようだが。
「よし、周辺のバケモノは一掃したな。ここで小休止を取るぞ」
少し前の自衛隊では東京の奪還作戦が敢行されていた。
バケモノ共は人間を殴り殺す途轍もない膂力の持ち主ではあったが無敵などではなく、こちらが放つ銃弾などは十分に効果を発揮している。
それはこれまでの戦闘で何体ものバケモノを仕留めることで証明されている。
それもあって混乱した東京から無事に避難できた官僚や総理などは、自衛隊の戦力を投入すればバケモノを掃討することも可能だと判断したようだ。
実際、最初の頃の私達もそう思っていた。
「なあ、バケモノ共はいったいどれだけいると思う?」
「言うな。俺にだって分からねえんだからよ」
初日は順調だった。
一発ならともかく銃弾の雨を浴びせればバケモノ共でも無事では済まない。
そして十分に準備をした自衛隊には潤沢な銃弾もあった。
少なくともその当時の東京で確認されているおおよそのバケモノを掃討するのには十分過ぎるほどに。
だから一定の地域の掃討が終わり、そこで拠点を作って数日掛けてその範囲を広げていくという作戦だった。
だがその晩、急に複数のバケモノ共が拠点内に現れたのだ。
周囲の監視は決して怠っていなかったというのに。
そのせいで隊員にも被害が出て、その中で一人の殉職した隊員が出た。
ただ時間が遅かったこともあり、その遺体は翌朝になってから運ぶこととなる。
バケモノ共が夜の闇に襲撃してきたと考えられて、下手に防衛の人数を減らすのが危険だと思われたからだ。
その時は誰も思いもしていなかった。
死んだその隊員がまた起き上がるだなんて。
生前は明るく陽気な奴だった。
だが起き上がったそいつにはそんな生来の明るさどころか理性すらない、まるで映画の中のゾンビのような状態だったのだ。
幸いなことにそれほど力は強くなかったので複数の隊員が協力して拘束することには成功したし、爪で傷を付けられた隊員が謎のウイルスによって同じようにゾンビ化するということもなかった。
だが死んだ奴が、まるでゾンビの様になるという事実は、俺達に底知れぬ恐怖を齎して士気にも大きな影響を及ぼす。
更に追い打ちをかけるように、衛星などを使って上空から撮影した映像を解析した結果、なんとバケモノ共の数が減っているとは思えないという衝撃の事実が発覚したのも大きかった。
掃討して人類の手に取り戻したはずの地域。
仮に討ち漏らしがあったとしてもその数は限られているはず。
それなのにどういう訳か、その地域に一晩経った後にバケモノ共はどこからともなく現れたのだ。
極めつけは、バケモノ共に殺されたと思われる多くの人々がゾンビとなって襲い掛かってきた事だろう。
こんな状態で生きているとは思えないが、かといって動いている以上は死んでいるとも断定できない。
そしてバケモノ相手ならともかく、見た目だけなら人間相手に銃弾を放つことに躊躇う隊員は少なくなかった。
また政府でも、一般人に対して自衛隊が発砲したという事実を残したくないという思惑が働いたのか、奪還作戦は急遽一旦中止。
今は分隊ごとにゾンビとなった人を確保して連れ帰るという任務に移行している。
(だが本当にこの状態から元に戻す方法なんて見つかるんだろうか?)
私達が確保したゾンビのような人達は病院などに運び込まれて各種検査を受けていると聞く。
そしてどうにか元に戻す方法を見つけようとしているとも。
だが実際にゾンビとなった人と対面した私からすれば、そんな方法が見つかるとは到底信じられなかった。勿論信じたい気持ちはある。
だがあの時、バケモノ共を狙った銃弾が運悪く当たってしまったゾンビがどうなったのかを見て、内心では悟ってしまったのだ。
「きてるぞ、確保する」
「了解」
バケモノ共は耳が良いのか鼻が良いのか、こちらが隠れて行動していても大半は見つかってしまう。
だから基本的には隠密行動は不可能。
そのせいでゾンビとなった人を見つけても、確保する前に周囲のバケモノを始末する必要があった。
そうしないとゾンビ状態の人を捕まえる際にバケモノ共が襲ってこないとも限らないからだ。
実際に他の隊では、それが原因で被害が出ているし。
それだけでも大変なのにゾンビとなった人を確保する作業は更に骨が折れる。
なにせ確保する対象も、こちらを見つけると襲い掛かってくるからだ。
それでもゾンビとなった人はバケモノほど力が強くない点だけは助かった。
しかも人の気配を感じるとあちらから寄ってくる習性でも持っているらしく、一定の強度があるバリケードを張れば、そこで立ち往生することとなる。
その状態から慎重に一体ずつ釣り出して確保することを繰り返す。
その途中だった。
「あんたら、何やってるんだ?」
突然、目出し帽で顔を隠した謎の人物に声を掛けられたのは。
最初は急に声を掛けられたのと同時に生存者がいたのかという面で驚いた。
バケモノが現れた初期ならともかく、数日が経過して地獄と化した現在の東京での生存など絶望的と考えられていたのだからそれは当然だろう。
「いや、誤解しないでくれ。我々は自衛官で、この状態になってしまった人を保護しているだけなんだ。決して乱暴をしている訳ではなくてだな」
分隊長も驚いたせいなのか、自分達が犯罪をしている訳ではないというような、この場においては若干ズレていると思われる言葉を発している。
(まあその辺りのデリケートな問題で、上から色々と言われてるそうだから気にするのも分かるけどな)
そんなことを考えて少しだけ気持ちが和んだのだが、それは一瞬のことだった。
何故ならその謎の人物をよく見れば、刀のような刃物をその手に持っていたからだ。
しかも明らかに新品ではなく使った形跡がある。
赤黒い何かが刃に付いているのだ。
「……はあ、そういうことか。無駄だと思うけど一応言っておくがグール……その状態になった人間は元に戻らない。だから確保するだけ無駄だし、悪いことは言わないから確実に仕留めるべきだぞ」
「そ、そんなはずは……」
「別に信じないなら信じないでいいさ。でも忠告しておくと、そいつらは死後の時間の経過によって凶暴化が加速する。そしてそれに比例するかのように力も強くなるぞ。それこそ今の外にいるような奴らよりもずっとな」
「君は何を言ってるんだ……?」
分隊長も混乱しているようだ。
だってそれはまるでバケモノやゾンビになってしまった人のことについて何か知っているような口ぶりだったから。
でもそのことについて誰かが質問するよりも前に事態は急展開を迎える。
それは確保して拘束服で動きを封じていた一人が、急にその拘束を振りほどいたのだ。
いや正確には、拘束服を力任せに破壊して自由になり、これまで見たよりもずっと速くこちらに向かって突撃してきたのである。
このままでは襲われると反射的に銃口を向けるが、人の姿をした相手を見て引き金を引くのを躊躇ってしまった。
その時間は僅かなものだったが、その間で接近を許してしまい、
(しまった……!)
死を覚悟したその瞬間だった。
目の前まで迫っていたそのゾンビの首が飛んでいったのは。
「ちっ、やっぱりあっちより進化するのが早いな。まだ一週間も経ってないってのに」
いったいいつの間に接近したのか、謎の人物は刀を振ると付着していた血を払う。
やはりあの赤黒い汚れは血だったのだ。
それもバケモノではなく、ゾンビとなった人の。
「き、君!? バケモノならともかく人を殺すなんて!」
「人だって? 残念ながらこいつらはもう人じゃないし、あんたらがバケモノと呼ぶ、あいつら魔物の仲間だよ。仕留めた際に死体がこれだけ残して跡形もなく消え去っていることがその証拠さ」
そうだ、私も見ていた。バケモノと同じように誤射されたゾンビとなった人が消え去る光景を。
それを見て何となく察してはいたのだ。きっとこの人達は死んだことによってバケモノの一員となってしまったのだと。
「最後に一通り忠告しておく。ゾンビとなった人はバケモノの一種だから容赦なく殺せ。ただしその際に落とす石は可能な限り確保して絶対に失くさず、他のバケモノが落とす石も同様に確保しておくこと。それとこれと同じカードが初めてバケモノを倒した場所に落ちているだろうから、なるべく確保しろ。この先で絶対に必要になるものだからな」
一方的にそう捲くし立てて、謎の人物はこちらに何かのカードを束にしたものを投げつけてくる。
「いいか、絶対に今の話を上の人間に伝えろ。そして現場でもそれを徹底しろ。それを怠って後悔しても、それはお前達の責任だからな。俺は知らん」
「ま、待て!」
そう警告を発しながら謎の人物は徐に拘束していたゾンビに近寄ると、こちらの制止の声も聞かずにその刃を振り下ろす。
その動作はあまりにも滑らかで素早く、こちらが阻止する暇もなかった。
「じゃあな。死にたくないなら忠告はしっかりと聞けよ」
そしてゾンビが居た場所に残された石を拾ったあと、これまた疾風のように迅速にその場から去っていく謎の人物。
咄嗟にその後を追うが、人間離れした跳躍力で他の建物の影に消えていくのを視界に捉えるのが精一杯だった。
「……いったいなんだったんだ?」
思わずと言った様子で呟く分隊長に対して、その答えを教えてくれる存在は既にこの場を去っていた。
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