第3話 急変する世界

 それから数日後のことだった。


 その日もアルバイトに精を出していたのだが急に異変を感じたのだ。


(なんだ、なんでまたこの感覚が?)


 この首筋がチリチリするようなこの妙な感覚には覚えがある。


 異世界で命の危険が迫っている時に感じた直感が告げる危機の到来の合図だ。


 だがここは現代日本。命の危機に陥ることなんて早々あると思えない。


 だとすれば自分の勘違いだろうか。


 そう思っていたら店の入り口が空いた音が聞こえた。


「いらっしゃいー……ませ?」


 客が来たのかと思って向けたその視線の先には信じられない光景が広がっていた。


 そう、そこに居たのは二度と会うことも見ることも無いはずの邪神の眷属。


 別名では魔物と称される存在がそこにいたからだ。


 豚の頭と人間の身体を持つ大男、オークと異世界で呼ばれていた相手だ。


 何体も討伐してきたからその容姿を見間違うことなんてあり得ない。


 意味の分からない状況に困惑する心とは裏腹に肉体は勝手に戦闘態勢へと移行する。


 今の俺は神から与えられた能力も異世界で培った力も使えないのでこのままでは不味い。


 すぐさま厨房に駆けると武器となる包丁などを持ち出す。


 その辺りでようやく異常に気付いたのか店中が騒がしくなり始めた。


 そしてこのままではオークによって客や店員の区別なく蹂躙されてしまうだろう。


「おい、なんだあれ?」

「コスプレか? 随分本格的だな」


 入口近くの席にいたチャラついた二人組の若者がそう言いながら不用意にオークに近づいていく。


 命知らずの愚かな行動だがそれはオークの危険性を知らないから。


「ブヒブヒ! ブヒヒ!」

「え、ぎゃああああああああ!?」

「う、嘘だろ! なんだよこれ!?」


 そしてすぐにそれは思い知ることとなった。自分の命を対価として。


 オークに触れようと手を伸ばした奴の手首が噛まれる。


 そしてそのまま手首から先をいとも容易く食い千切られた。


 更にオークは手首から先を失ったそいつの腕の掴むと乱暴に振り回す。


 そのまままるで玩具のように壁に叩きつけられた若者は、断末魔の悲鳴を上げる暇もなく呆気なく死んでしまった。


 それを見ながら俺は、少なくともオークがこちらでその力が発揮できないという訳でないと理解する。


 少なくともこれだけの膂力があるのなら今の俺にとっては脅威でしかない。


 ただ気になったのは本来のオークの力なら叩きつけられて死んだ若者の死体は、潰れたトマトのようにっていてもおかしくないと思うのだが。


(なんにしたってこっちは縛られてるってのによ)


 ただそれでも勝ち目がない訳ではない。


 俺はその勝機を逃さないためにも次の獲物に気を取られているオークの死角から接近する。


「た、助けて!?」


 残ったもう一人の若者がへたり込んで命乞いをするが、残念なことにそんなのが通用する相手ではない。


 こいつらは邪神の眷属は自分達以外の命を生かすことは絶対にしないからだ。


 だから生き残るためにはやられる前にやるしかない。


 周囲の悲鳴を聞きながらニタニタと笑うオーク。甚振るためにゆっくりと獲物に近づくその油断が命取りになるとも知らずに。


 嗜虐心を満たそうとする愚かな行動が大きな隙となるを見逃す俺ではない。


「一名さまご案内です」


(地獄へな)


 その背後から俺は厨房から持ち出した唐辛子の粉末を頭から浴びせてやる。


「ブヒイイイイイイイイイイ!?」


 こいつらは豚なだけあって鼻が良い。


 だからこそこんな刺激物を浴びたらそれこそ地獄の苦しみを味わうことになる。


 無様に悲鳴を上げて床を転げまわるオークだがこれで死ぬほど甘くはない。


「オークの即席クッキング。まずは度数の高い酒をしっかりと体全体に沁み込ませて、その上で着火します」


 アルコールに火をつけるとどうなるかなんて言わなくても分かるだろう。


「焼き豚の完成ってな」


 火達磨になってのたうち回るオークだったが火を感知してすぐに起動したスプリンクラーのせいで死ぬまでは行きそうもなかった。


 もっともこんな隙を晒してくれているのなら後は大した違いはない。


 その無防備な頭部に向かって俺は何度も何度も包丁を容赦なく振り下ろした。


 下手に反撃されると厄介なので少なくとも今の内にダメージを蓄積させておきたい。


 そう思ったのだが刺激物が効きすぎたのか、あるいは火達磨になったことでダメージが溜まっていたのか大した抵抗もないまま呆気なくオークは死亡した。


(しぶといオークにしては生命力が弱過ぎな気がするけど気のせいか?)


 魔物は死んだ際に魔石だけを残して光の粒子となって消えていくので生死判定は分かり易いのだ。


 その瞬間だった。

 頭の中にその声が聞こえたのは。


『人類初の単独での邪神の眷属の討伐及び初のオークの討伐を確認しました。特典ボーナスでポイントとスキルが贈られます。……討伐者に封印された能力が存在することを確認しました。解除を実行……成功。これにより封印されていた能力が適応して解放されます。その他詳細はステータスカードを確認してください』


 異世界では魔物を倒してもこんな声が聞こえることはなかった。


 どうやら全てあちらと同じという訳ではなさそうだ。


 それよりも重要なことは封印されていた能力が解放されたというセリフだろう。


(ステータスカードを確認って言ってたな。どこかにそういう物があるのか)


 そう思って周囲を見渡してみるとオークの死体があった場所に魔石の他に見慣れぬカードのような物が落ちているのが目に入った。


 拾ってみるとそこには俺の名前が書かれていた上にステータスなどの見慣れぬ項目も存在していた。


真咲まさき じょう ランク1

HP  13/13

MP  0/0

STR 9

VIT 6

INT 11

MND 17

AGI 10

DEX 9

LUC 7

ユニークスキル 無限魔力 魔力譲渡 界渡しの灯 空間跳躍

スキル インベントリ・レベルⅠ

ジョブ 帰還者

保有ポイント 100000

ショップ』


 ユニークスキルの無限魔力と魔力譲渡は理解できる。


 これは異世界の神から与えられた今は封印されているはずのチート能力のことだろう。


 だが他の二つは全く思い当たる節がない。


 それにスキルと違って、ステータスもジョブも異世界では存在しなかった。


(スキルについてはどうもリセットされてるみたいだな。あっちで努力して習得した技能とかは使えないし)


 無限魔力と組み合わせて使う俺だけの隠し技みたいなものもあったのだが残念ながら今は使えなくなってしまったようだ。


 あくまで引き継ぎされたのはユニークスキルだけのようである。

 

 保有ポイントやショップやなど確認したことは山ほどあるが今それは後回し。


 すぐに俺は家族に連絡する。


「くそ、繋がらないか」


 妹は大学があると言っていたし講義中なのだろう。


 だがこの緊急事態にそれを仕方がないと言っている余裕はない。


 全員に気付いたらすぐに折り返すようにメッセージを送ってから美夜に電話する。


「もしもし。そっちからこんな時間に電話なんて珍しいけど何かあった? もしかして遂に私と結婚する気になったのかしら」


 そんな茶化すような冗談に付き合っている暇はないので単刀直入に本題に入る。


「オークが出た」

「はい?」

「だから邪神の眷属であるオークが現れたんだよ。俺の働いている店に」

「……まだ昼間だけど酔ってるの?」

「酔っ払ってないし冗談でもない。しかもそのオークを倒したら封印されていた能力が使えるようになった」

「……あんたのその口調はマジの時ね。一体どういうこと?」

「分からん。だけどあり得るとしたら異世界で撃退された邪神とその眷属がこの世界に攻め込んできたとかだな」


 自分で言っていてそうなったら最悪な状況だと思う。


 もしそうなら邪神を撃退した勇者は異世界に残ってしまったので、こちらでは彼無しでどうにかしないといけなくなるからだ。


「あの一体だけが何かの運命の悪戯で現れただけならいいが、それを期待するのは考えが甘いだろうよ」

「それはそうね。分かった、とにかく合流しましょう。今の私は治癒の力も使えない一般人だからゴブリンくらいならともかくオークに襲われたらひとたまりもないわ」

「……そうしたいのは山々だけどそれは簡単には行かなそうだぞ」


 一人の人間が潰されて殺されたことで混乱する店内に落ち着きを与えないかのように更なる災害が到来する。


 噂をすればという奴なのか今度は緑色の肌をしたゴブリンという魔物が三体ほど窓ガラスを突き破るようにしてやって来たからだ。


 これで出現した魔物がオーク一体だけという望みは絶たれた。


 そして他にも色々な魔物が今後も現れると覚悟しておいた方が賢明だろう。


(一体何がどうなってるんだ?)


 そう思いながらもゴブリンを殲滅するべく身体は準備を始めている。


 しかもステータスとやらの効果なのか先ほどよりも体が軽い。これならゴブリン程度なら問題なさそうだ。


 とはいえこのままではゴブリンのような雑魚ならともかくオークやそれ以上の相手をするのは危険を伴うだろう。


 少なくとも真正面からやり合えば消耗は避けられない。


 だがもたもたしていたら家族が魔物に襲われるかもしれない。それを見過ごすことは絶対に出来るものか。


「とにかくお前らは邪魔だ。さっさとくたばれ」


 客や他の店員が逃げ出そうとしている中、俺は包丁を構えてゴブリン達へと突っ込んでいった。

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