第2話 ただの人に戻った生活

 異世界に残る選択をした者は多かった。


 残念ながら神の力を持ってしても経過してしまった月日を元に戻すことはできない。


 だから戻ったとしても五年近く経過した日本になる。


 俺で言えば既に大学は退学になっていることだろう。仕事をしていた人はそれを失っているに決まっているし、それ以外でも多くの変化が起こっているのは間違いない。


 更に神から与えられた能力は封印されて元の世界に戻ることになる。

 つまり何の特別な力も持たない上に五年という年月を無駄にした状態での帰還になる訳だ。


 それなら異世界で与えられた能力をそのままに生きていく方が良い。


 そう思う奴は多かった。


 それでも俺のように元の世界に戻る選択をした人もいる。


 その中に勇者パーティメンバーもいたのは正直意外だったが。世界を救ったメンバーの一人なのだから俺なんかよりももっと熱烈に勧誘されただろうに。


 もっとも人の決定にとやかく言うつもりもない。そもそも俺だって帰る選択をした変わり者の方なのだから。


 そうやって異世界から故郷である日本に戻った俺達だったが、その時の騒動はかなり大変だった。


 なにせ飛行機事故で死体が見つからずに死亡したと思われていた人が数年の時を経て見つかったとなったのだから。


 まあそこら辺は異世界の神が戻る際にフォローをしてくれて不自然にならないように因果律を弄った上で戻してくれたので、いきなり知らない場所に全員が現れるということにはならなかったが。


 ある人は意識不明で病院で寝たきりだったことになっており、ある人は記憶喪失だったことになっていた。


 寝たきりだったことになった人など本来は存在しなかったはずなのに病院上の記録でも五年間病室に存在していたことにすり替わっていたのだから異世界の神の力とやらの凄さが伺える。


 そのおかげで多少の騒ぎになったものの異世界に行っていたなんて頭がおかしくなった発言はしないで済んだので助かったが。


 念願だった家族とも再会できた。


 五年前に事故で死んだと思っていた相手が実は生きていたとなったのだ。

 その時の家族の驚きと動揺というか狂喜乱舞具合は凄かったとだけ言っておこう。 


 そんなこんなで元の世界に戻って半年が経過しようとしていた。


「お兄ちゃん、そろそろバイトの時間じゃないの?」

「やべ、そうだった。そういう由里は大学か?」

「うん、一限だけだけどね」


 中学生だった妹も五年の月日が経過したことで大学生一年になっていた。


 見た目も大人っぽくなっている。正直最初は違和感しかなかったが話をしていく内に昔と変わらないと思えて今では普通に接している。


「バイクで行くつもりだから後ろに行きは乗せてってもいいぞ」

「うーん、でもそれだと帰りが歩きで困りそうだから今日はいいや。一限終わりだとお兄ちゃんのバイトも終わってないだろうし」

「おいおい、終わってたら迎えも来いと?」

「可愛い妹なんだから当然でしょ?」


 戻ってきた当初はやり辛さもあったが今ではこういう冗談も言い合えるようくらいに関係は元に戻っている。


 けれど五年の月日は多くの変化を齎していた。


 三つ上の姉は結婚していたし、五つ上の兄も結婚していた上に子供まで作っていた。


 俺からすればいきなり叔父になった訳で困惑したものである。それ以外でも同年代の奴らが就職して働いていたり五年前に付き合っていた彼女が結婚していたりと流れた年月とそれに比例した物事の移り変わりように戸惑うばかりだった。


 まあその元彼女との再会については諸事情あり大分苦い思いをさせられたのだが、それも含めて今では笑い話となっている。


 異世界で様々な事を経験したおかげもあって適応能力も上がっているのだろう。


(まああっちでは適応できなきゃ死ぬしかなかったからな。それを思えばこっちは失敗しても死なないだけ有難い)


 とはいえこのままではいられない。


 現代社会へ溶け込むためというか向こうに染まりかけた常識をこちらの世界に馴染ませるのと社会復帰もかねてバイトしているが、それももういい加減に終わりにして就職するべきだろう。


 学歴的には大学中退となってしまったがそれは仕方がないのだし。


 そうしてバイト先の飲食店にバイクで向かう。


(面倒な客もいるけど容赦なく殺しに来る敵を相手にするのに比べたら楽勝だな)


 その精神で今日も一日シフトをこなして上がろうとすると電話が掛かってきた。


「もしもし」

「今日暇なら飲まない?」

「開口一番にそれかい。まあ良いけどよ」

「お、さすが。それじゃあいつものところに七時でいい?」


 相手は俺と同じく異世界からの帰還者だ。同じような立場で愚痴を言い合えることもあって何人かの人とはこうして仲良くさせてもらっているのである。


 そんなこんなでいつもの居酒屋で落ち合うと早速とばかりに酒で喉を潤す。


「かー美味い。やっぱり仕事終わりのビールは最高ね」

「異世界で聖女とか呼ばれてたのが信じられない有様だな」


 目の前にいるのは勇者パーティの内の一人である半分死んだ者すら一瞬で全快させる癒しの力をもっていた俺より二歳年上の才媛、ひじり 美夜みやだ。


 もっとも今は仕事終わりのビールを生きがいにしているダメな酔っ払い女だが。


「戻ってきてまで聖女ムーブしないわよ。疲れるだけじゃない。あっちでそれっぽい態度を取ってたのは聖職者っぽくしてれば結婚とか断り易かったからが主な理由だし」

「まあ気持ちはわかるけどな。俺ですら何度も夜這いされかけたんだから勇者パーティのそっちはもっと大変だったんだろうよ」

「だから神に仕える敬虔な聖女って設定が必要だったのよ。まあぶっちゃけると初めは回復魔法とかを教えてくれた教会の司祭様とかが礼儀に五月蠅かったからその指導に従ってただけなんだけどね」


 これで神にその身を捧げる理想の女性と一部の間では評されていたのだからひどい話である。


 実態はこの通り酒癖の悪い女なのだから。


「ねー、あんた独身で彼女いないんでしょう? それなら私と付き合ってよー。それが無理なら結婚してくれない? 最悪偽装結婚でもいいから」

「酔ってなんてこと言ってやがる。少しは物を考えてから発言しろ」

「失礼ねー。ちゃんと考えてるわよ。じゃあ逆に聞くけどそっちは普通の一般人と付き合ったりできるの?」


 その質問に咄嗟に答えられなかった。


 この半年で染みついた異世界での常識やら考え方をこちらに馴染ませようと努力してきたが完全にそれが出来たとは言い難い。


(良くも悪くも向こうでの五年間は濃厚過ぎたからなあ)


 過ごした時間で言えば日本での生活の方が長いはずなのに俺の考え方などはどうしても異世界でのものが基準となってしまうのだ。


 だからこそ普通の人と話していると考え方が合わないというか相手とのズレみたいなものを感じてしまうのだ。


 そして数少ないそのズレを感じない、一緒に過ごしていて気が楽な相手が目の前にいる酔っ払いであることも理解している。


「これでも一応さ、こっちに戻ってきてから告白されたこともあるのよ。それでお試しってことで何度か食事とかデートに行ったこともある。でもどれもなんか違うとしか思えなかった。全然悪い相手じゃなかったのに」


 グビグビと杯を空けながら美夜は呟くように言う。


「戻ってきて学歴とか色々と失ってたけど頑張ってそれなりの会社に就職できた。同僚も良い人が多いし生活は充実している。それなのにどこか違うって感じてしまう。謎の違和感が拭えないのよ」

「……それは俺もさ。でもそれは分かっていたことだろう。その上で俺達は戻ってきたはずだぞ」


 それが嫌なら異世界に留まればよかったのだ。それを拒否して戻る決断をしたのは自分自身である。


 だったら仮に違和感や不満が出たとしても呑みこむしかないだろう。


「それにまだ半年だからってのもあるかもしれないだろ。何年もすればきっとこっちに慣れて違和感とかも消えていくさ」

「だといいけど。あーあ、こうやって気を許して話せる相手が少ないのが困ったものね。そしてなにより……」


 ドンっと空いたグラスを机に叩きつけながら美夜は心の叫びを吐露した。


「同級生とか周りが結婚してるのが本気で羨ましい! 私だって素敵な相手と結婚して可愛い子供が欲しい! それになにより両親よ!」

「なんだよ、親に結婚を急かされてでもしたのか?」

「違うわよ。むしろその方が気楽だったかも。両親はたった一人だけの最愛の娘が戻ってきただけで十分って言ってくれてるわ。でもそんな両親だからこそ孫の顔を見せてあげたいって気持ちになるんじゃない」


 美夜は一人っ子だから孫を見せるためには自分が結婚して子供を産むしかない。でも現状ではそれが出来そうもないので苦悩している訳か。


「大変だな。俺は四人兄弟で孫問題も兄貴のおかげでクリアしてるからな。気楽なもんだよ」

「本気で羨ましいわ。もはや妬ましさすら感じる。ねえ、やっぱり私と結婚しない? 子供が出来たら離婚してもいいから」

「そういうところだぞ。まずその感覚がこっちに合ってないってことに気付け」


 異世界では重婚も認められていた上に邪神やその眷属との戦いでいつ死ぬか分からない戦いの最中にある奴が多かったから愛する相手と子供だけ作るなんてこともそう珍しいことではなかった。


 それ以外でも貴族同士での愛のない政略結婚やら当たり前。

 家同士の繋がりを保つために子供を作ったら離婚しなくても二度と顔を合わせない夫婦だってそれなりにいたくらいだ。


 そういう世界の常識に当て嵌めるとこの発言はそこまで変ではないが、こっちの世界こういう発言は色々とアウトだろう。


「なによ、私と結婚するのが嫌だっての? 言っとくけど私だって誰だっていい訳じゃないし嫌いな相手だったらこんなこと言わないからね」

「はいはい、そういうことは素面の時に言ってくれ」

「ムキー! 年下のくせに余裕ぶったその態度ムカつく! もっとあんたも飲みなさいよ! ベロベロに酔わせてお持ち帰りしてやるから!」

「毎回酔い潰れて世話されてる奴が言うセリフじゃねえな、それ」


 絡んでくる酔っ払いの相手をしながら今日も楽しい飲み会の時間は過ぎて行った。

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