第108話 堀川龍乃(中学生)[2]

 起き上がってみると、外が暗い。

 窓から見ると、まだ空には明るさが残っているが、もう色は群青ぐんじょう色になっている。

 お風呂がくのを待ってて、そのまま寝てしまったんだ……。

 でも、お母さんがまだ呼びに来ていないということは、ご飯はまだなのだろう。

 お風呂沸いてるころだよね。

 そう思って、いま着ているものはそのまま、着替えとタオルと、そしていま槍のかわりに若殿にぶち込もうとしていたバスタオルとを持って、階段を下りていく。

 お風呂場の中には電気がついていたが、着替え部屋は電気がついていないで、暗い。

 お母さん、電気をつけるんだったらこっちもつけておいてくれればいいのに、と思って、脱いだものを適当に丸めて棚に突っ込み、タオルだけ持ってがらっと風呂場の戸を開ける。そのまま湯船に直行する。一歩、二歩、三歩……。

 えっ……?

 だれかいる!

 「わっ!」

 「あっ、ごめんなさい」

 その女の人はぱっと立ち上がった。

 まるはだかっ!

 ……は、あたりまえ。しかも龍乃たつのも同じだ。

 それに、すごい美人!

 髪の毛はキャップで覆っているけれど、その周りからはみ出した髪の毛の色は、ちょっと茶色っぽい。背は高くて、それに、ほんと、すーっときれいな曲線を一筆書きしたようなきれいな体の線……。

 でも、だれだろう?

 会ったことはない。

 通りかかったら風呂が沸いていたので、思わず黙って風呂に入ってしまったよそもの?

 たしかに、この風呂は、家のなかを通らずに外から直接入ろうと思えば入れるのだけど、そういうのでもなさそうだ。

 「あっ、わたし、出るから」

 相手の人が言った。ふわっとした声だ。

 でも、たぶん、相手はお客さんだ。しかも相手が先に入っている。

 風呂を沸かしたまま、龍乃が風呂に入らなかった、いや、もしかすると、龍乃はもう入って超高速で上がったのだと思って、お母さんがこのお客さんを入れたのだ。

 もーっ!

 「いやいや、わたしが出ます。あの……あの……」

 なんか、自分がこのひとのきれいな裸の前で突っ立っているのが、とても恥ずかしく思えてきた。

 かあっ、と赤くなる。

 小さくなって、タオルを胸に抱えて、出ようとするのだけど、体が動かない。

 ふふっ、と相手が笑った。

 耳にしただけで、ぜんぶを支配されてしまうような、そんな笑い……。

 ゲームに出て来たシルフとか、妖精の一種……そんなの……?

 「じゃ、いっしょに入りましょうよ、あなたさえ、いやじゃなければ」

 シルフさんが言う。

 「あ、ああ……」

 「ここ、お風呂広いし、一人がかってるあいだに一人が洗う、とかもできそうだから」

 「ああ、はい」

 よくわからないまま、龍乃は知っていることを言う。

 「ここ、昔、二階をいろんな人に貸してたことがあるらしくて。いちおう、いまも民宿ってことになってて。それで、二‐三人がいっしょにお風呂に入ってもだいじょうぶなように、ここ、広いんです」

 「まあ」

 シルフさんはぱっと顔を輝かせた。

 「で、わたしといっしょはいや?」

 そして、肩をちょっと傾ける。

 肩の骨の線が浮き上がって、大人っぽいというより、もう何と言っていいか、わからない。

 「いえ」

 龍乃はかあっとしたのがおさまらないまま、勢いに乗って言った。

 「いや、いや、あ、つまり、いやなんじゃなくて、そのっ、……ぜひいっしょにお願いしますっ!」

 とりあえず、頭を下げる。最敬礼ってやつをやってみる。

 シルフさんは、また、ふふっ、と笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る