第107話 堀川龍乃(中学生)[1]

 「白状はくじょうしなさいよ。あなたが上原かんばら正流せいりゅう君を殺したんでしょう?」

 その声は、あの、なんだか授業が下手だった教育実習の先生だろうか。

 はあ?

 正流を殺したぁ?

 そう思って教室を見回してみると、正流は自分の席で授業をきいている。

 ふだん通りだ。殺されてなんかいない。

 うしろには、あの教育実習の先生の取り巻きたちがいて、教室がいつもより狭いけれど、そんなのに負けるもんか!

 だから、龍乃たつのは堂々と答える。

 「殺してなんかいませんよ」

 「いえ。あなたが上原正流君を殺したんでしょう?」

 「殺してません!」

 「否定するとはがんこですね。じゃあ、証拠を見せましょう」

 いつの間にか、龍乃の前はゲームの画面に切り替わっている。なんかプレイしたほうがいいのかなと思うけど、その画面はそのまま進んで行く。リプレイ画面らしい。

 「ああ」

 相手は、昼にあの甲峰こうみねとかいう村で想像した、ちょっとカクカク動く気味のある若殿様のグラフィックだ。太い眉毛、マンガっぽい目、そして、ちょんまげで、上目づかいでこっちを見ている。

 最初は素手で、ファイティングポーズをとって、でもなんだか間抜けに体を揺らしている。

 それが、いきなり自分の腰から刀を抜こうとした。応戦しなくては、と、龍乃の体が動く。

 そのとたん、若殿は、いきなり体をのけぞらせて倒れた。

 字幕が出て、声がかぶる。

 YOU WIN!

 で、最後のところ、倒れた場面だけのリプレイ画面だ。

 何もやってない。こっちも、何もやってないし、向こうも、刀は抜こうとしたけれど、何もしないままに勝手に倒れた。

 それでもやはり「YOU WIN!」の字幕はかぶる。

 何だこれ、と思ったときに、最初の声が重なった。

 「このとおりだ。おまえが殿様を殺したのだ!」

 だから、と思ったとき、龍乃は教壇の上にひざまずかされていた。

 教室のみんなに対するさらしものだ。

 これはちょっとへこむ。そこに覆いかぶせるように、声がする。

 「おまえが犯人だ! そういうことにしておかないと困る!」

 ああ、そうだ。

 こいつは、自分で殿様の家のいろんな人を殺しておいて、自分で殿様になろうなんて考えている、極悪家老なのだ。

 やっつけなければ、と思うのだが、龍乃は捕えられてひざまずかされているので、動きがとれない。

 顔を上げてみると、さっきのカクカクしたグラフィックのさむらいが、今度こそ、刀を抜いて、振りかぶり、龍乃に斬りつけようとしている。

 あ? あれっ?

 わたしって、首くくったことになってるはずなのに、刀で斬られるの?

 その矛盾が、龍乃を強気にさせた。

 「江戸時代の女をバカにするな!」

 江戸時代の女は強かったんだ。その手で日本を支えるくらいに強かったんだ。

 その実力を見せてやろうじゃないの!

 この若殿は上級者じゃない。刀をそんなに振りかぶって、そのうえを持たしたりしたら、首から下ががら空きじゃないか。

 両手で刀を握っているので、すきを作って、飛び込んできたところを小刀でぶすっ、というわけでもなさそうだ。

 行ける!

 龍乃は低い位置からの攻撃は得意なのだ。

 龍乃は、右手に力をこめると、右手に握った槍を若殿の下腹へと全力で……。

 「痛っ!」

 右手首に激痛が走って、龍乃は目を覚ました。

 「ううん……?」

 見ると、バスタオルを握ったまま右手を急に動かしたので、バスタオルが右手に巻きついてねじり上がっているのだ。

 「ああ、夢か……」

 そりゃそうだよな。

 あんなおバカな設定……。

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