第103話 横川博子(岡平市職員)
その場所の前で、
最初からそのつもりだったわけではない。
だれかお坊さんが門を閉じる作業をしている
朝とはよほど印象が違っていた。
朝は明るくて、空から降り注ぐ太陽を、周りの
いまは違う。
高くそびえる木立ちがその場所を暗くしている。
そこだけ別の時間が流れる別の空間のようだ。まだ空は明るいのに、この場所だけ先に夜が来ている。
夜の国……。
昔、ここはお屋敷だったという。そのお屋敷の周りの木々が、手入れをするひともなくなって、どんどん伸びてしまったのだろう。
現場は、警察の現場検証も終わり、だれもいないようだ。少なくとも工事をしている様子はない。
あの小学校から借りてきたテントはだいじょうぶかな。
そのテントの様子を見に行くという理由を見つけたので、博子はその場所にもういちど行ってみることにした。
この永遠寺門前で、この場所だけが高台になっている。
もともとの地形がそうだったのだろうか。
たしかに、この向かい側の、さっき場所を貸してくれた
もともと高低のある地形なのかも知れない。
不自然に土がむき出しになっているところへと上がる。取り壊すまではここが門だったらしい。
午前中に見せてもらった図や、建築家さんや嵯峨野さんの話では、この入り口はもともと石段だった。上には瓦屋根のついた立派な門があったそうだ。
それだと重機やトラックが入らないので、その石段をはがし、門を壊して、その左右の木の枝も払って、入り口を作ったのだという。
上がってしまうと、道は平坦で、両側の木が道の上に迫っている。
空が遠い。
陥没事故現場のテントは、設置したときのまま残っていた。その下に、あの大きな石が、斜めに上に突き出している。
朝に来たときには、「あちゃ、派手な事故現場だな」と思っただけだった。
いまは、突き出た石があたりを支配している。もう何百年何千年とあたりを威圧する威力を放ちながらそびえているようだ。
ブルドーザーはその二つの石のあいだに斜めになったまま大部分が穴の中に沈んでいる。その近代的な機械に対して、巨石は勝ち誇っているように見えた。
いや、このままだと、その近代的な機械も、巨石に同化されてモニュメントの一部になってしまいそうな……。
巨石といえば、たしかに、その姿は、卒業旅行で行ったイギリスの巨石遺跡のようだ。古墳か何かは知らないけれど、たしかにこれは昔のひとがたいせつにしていた何かなのだ。
そのテントの中に黄色と黒のロープが張り渡してある。警察が張ったのだろう。そのなかは立ち入り禁止ということだ。
ということは、その外までは行ってはいいんだ、と、博子は、その高くなった部分に上がってみた。
高さは周囲からさらに一メートルぐらい高い。
それだけ上がっただけでも、見渡せる景色が違う。
門から入って来た道がまっすぐこの場所に続いている。
この高くなった場所が行く手をふさぐように立ちはだかる。
朝に来て話をきいたときは、なぜわざわざ重機をここに乗り上げさせたのだろうと思っていたが、たしかにここを通さないと奥には行けない。
歩いてならばこの高くなった部分の横を通って行けるから、前はそうしていたのだろう。もともと入り口が石段では車は入れないから、車や、まして重機を入れるときのことは考えていなかったのだ。
その高くなった場所の右と左と奥は広い空き地になっていた。そこに家が建っていたのだろう。
いまは何もない。ところどころコンクリートのかたまりや木材が積んであるだけだ。
「うん?」
だれかいる!
博子の左側、その家の建っていた跡地のまんなかあたりにだれかいる。
いま、こちらに背を向けて向こうのほうを見回している。
最初は、朝に会ったあの人のよさそうな工員のどちらかかと思った。でも、それにしては小柄だ。それに……。
相手もこちらに気がついて、ぱっと振り向いた。
「あ」
「あ」
知っている相手だということは、この薄暗いなかでもわかった。
「えっと、あ、
「ああ、さっきの市役所の!」
それは、不審者や侵入者どころか、いまのこの土地の共同所有者の一人、天羽
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます