第98話 堀川龍乃(中学生)[2]
「いや、わたしのせいで
二回、大きく息をついて、それで息を整えたつもりらしいが、またすぐに肩を動かして息をし始める。
自転車に乗っていて正流がこんなに苦しそうにしているのは初めて見た。
「いや、ペース上がってたじゃん? トンネル抜けてから。よくその重たい自転車であれだけ飛ばせるな。ほんと体力あるな、おまえって、ゲームのなかだけじゃなくて、リアルでも」
そう言って、斜め上に龍乃の顔を見る。
龍乃はちょっと得意そうに笑った。
こんなときにこんな顔をされて、もしかすると正流は怒るかも知れないと思った。でも、笑った。
ここで水筒の水でも分けてあげれば「青春の味」っぽいとはわかっている。でも、水筒の水は、さっき
正流は、しばらく龍乃の顔を見上げていたけれど、膝に手を置くと、そのままうつむいてしまった。
意外だった。
龍乃がもし飛ばしたんだとすれば、それは、正流の足を引っぱってはいけないと思って、ペースを落とすまいとがんばったからなのだが。
もしなかなか顔を上げなければ、顔をのぞき込んでそう話そう。でも、しばらくはこのままで、と、龍乃はほっと息をついた。
龍乃自身の息はだいぶ落ち着いてきている。
それで、正流から目を離して、何気なく後ろの松を見上げる。
あっ。
声が漏れそうになり、歯茎のところでやっと止める。
木の看板が出ていて、今度はその文字はきれいに読める。
看板には「
声を立てれば、正流は説明してくれるだろう。いまはそれは気の毒だ。だからとっさに止めた。
さっききいた、あのお姫様が自殺した場所だ。それとも、いやがるお姫様の首をその家老とかが無理やり絞め上げたのだろうか。
いやなできごとが起こった、不吉な場所だ。
でも、そんな感じはまったくなかった。
さっきと同じように、高い松の木は、そのお姫様のたましいを宿して、無言で、その下を行き来する人たちを見守っているように感じた。
自分たちみたいな人たちを。
べつに、首をくくって死ななければならなかった恨みをこめて、ではなく、もっと普通に、まるで校舎の二階から校庭を行き来する人たちを見ているときのように。
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