第97話 堀川龍乃(中学生)[1]
「晩ご飯までに帰りなさい」と言われて出て来た。まだ日は暮れていない。
でも、このままだとぎりぎりの予感だ。
その鐘の音をきいて
ペースが落ちていた。
甲峰からは、あんな坂を上ったにしては順調順調と思って飛ばしていた。でもじつはたぶんそんなに順調ではなかったのだ。
最初は正流が前を走って引っぱってくれていたのだけど、トンネルで
「先行け」
と龍乃を前に出した。
トンネルでは後ろから来る車を警戒しないと危ないので、それを正流が引き受けてくれたのだ。そこからは龍乃が前を走った。
ここでバス通りよりも一本海岸沿いの道に入れば永遠寺までは近道だ。来るときはそちらの道から来た。
だが龍乃が道を覚えていない。その道が分かれるところで龍乃が振り向いて
「まっすぐ行くよ」
と言った。もし近道に入ったほうがよければ、正流が自分で前に出てそっちに入るだろう。でも、正流は黙ってついてくるので、そのままバス通りを進んだ。
龍乃が前を走るのが遅くて正流まで遅れさせるわけにいかないと、力を入れて漕ぐ。行きには普通に漕いで出せたスピードが、帰りには腰を浮かせて漕がないと出せなくなった。
目のすぐ横に汗の流れる道ができ、何度も目に汗が入ったが、止まって
正流は後ろからついてくる。何度振り返ってもすぐ後ろからついてくる。
それはそうだ。自転車は正流のほうが軽くて、しかも性能がいい。
このままがんばってもぎりぎりだいじょうぶかも知れない。龍乃一人ならば休まないだろう。
でも、いまは、ここでいちど休んでからラストスパートのほうがいいと龍乃は思った。
図書館のところに大きい松がある。その松の下に盛り土がしてあって、松の向こう側が道幅が広くなっている。
自転車を停めるにはいい場所だと思う。
龍乃がそこまで来たとき、正流はまだ図書館の前にさしかかったあたりだった。
龍乃が自転車を停めて待つ。
龍乃はさっきの甲峰の坂を上がったとき以上に汗だらけだった。入っているうちから体は熱かったが、停まると体の中からのそれ以上の熱さが容赦なくわき出てくる。
正流が追いついてきた。その性能のいい自転車を停めて、自転車を下りると、その松の盛り土を囲う石の一つに腰を載せた。
肩で息をしながら、言う。
「おまえ、けっこう、飛ばすなぁ……」
「はい?」
ぱちくり。
そのとたんに汗が目に入った。じーんと痛みが広がる。
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