第89話 堀川龍乃(中学生)[5]
「でも、ほんとはわからないんだ。その若殿襲撃の犯人は取り逃したから、けっきょく何もわからずじまい」
「はい?」
「いや。だって、殿様の取り巻きがいっぱいいたんでしょ?」
「うん。いっぱいかどうかわからないけど」
「でも、十人ぐらいは軽くいたでしょ?」
夏休み前、教育実習生の先生の授業というのを、校長先生も含めていろんな偉そうな先生が見に来た。
教室の後ろに大人がずらっと十人以上並んで、なんか教室が狭く見えた。
教育実習の先生でそんな人数なんだから、殿様ならもっといただろうな。
よくわからないけど。
「それで取り逃がしたの?」
「だからさ。最初から、家老っていうのがその殿様を殺すつもりで槍を持った女をそこに待たせて、殿様が来たところで殺させて、そして女を逃がしたってことらしいんだ」
それで、また軽く目を閉じる。
「ま、家老のほうがつかまっちゃったけどな」
「それはつかまるよね」
龍乃があいづちを打つ。
正流は首を振った。
「その家老は一番の実力者だったからな。だから、殿様を殺しても自分はつかまるはずがないって思ってて、それで、まただれかに無実の罪を着せてそれを殺して犯人をやっつけましたって言って、それで幕府に自分が陰謀を解決しましたって申し出て、自分を殿様にしてもらうつもりだった」
で、ちょっと息を吐いて、斜めに龍乃を見る。
「って話だ。ま、出来過ぎな気はするけどな」
龍乃は、しばらく黙る。
何か気になった。
そうだ。「まただれかに無実の罪を」って……?
「じゃ、さ」
短くためらってから、龍乃はきいてみた。
「その
「うん」
うなずいて、正流も唇を結ぶ。
「前の殿様の娘でさ、その殿様を家老が自分で毒殺して、よりによってその女の子が自分のお父さんを毒殺したってことにして殺してしまったんだ。その女の子が生きてると、その女の子が育って結婚したあと、お
「うわーっ!」
いっきに汗が引いた。
「よくそんなひどいことできるね!」
正流は、困ったように目を伏せて、唇を閉じたままいた。
「そうだな」
と短く言う。
それ以外に、何が言えただろう、と龍乃も思う。
「さ。行くぞ。また飛ばしてだいじょうぶだろう?」
「うん」
龍乃は勢いよくうなずいた。
正流は自転車を持って、
龍乃もスタンドを
後ろを短く振り返った。
この、風のない時間、高くそびえて動かないこの黒い松に、そのお姫様のたましいがいまも宿っているのだろうか?
短い時間では、答えは出せそうにない。
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