第87話 堀川龍乃(中学生)[3]

 「さ、着いたぞ」

 言って、正流せいりゅうは手を放した。自分の自転車に戻る。

 この馬塚うまづかのところで、あの急な坂道は突然終わっていた。

 龍乃たつのはその馬塚の横に自転車を停めた。

 ほんとうに崖を斜めに下るように道をつけたんだ……。

 サドルの後ろのバッグからタオルを出して汗をぬぐう。

 あまり意味がない。いても拭いても汗が出てくる。服はもうぐしゃぐしゃだ。

 帰ったらすぐにお風呂入らないとな。

 正流も首の後ろにタオルを回して汗を拭いていた。

 でも、いいな。正流は髪が短いし、くせ毛でもない。

 龍乃たつのの髪は汗に濡れると急にくせがきつくなる。それではね返って汗をあちこちにはね飛ばすから始末に負えない。

 「そっちに幽霊ゆうれいまつってあるだろ? そこの、看板出てるとこ。もう字は読めないけどな」

 正流が一人で話す。

 「そこ」と言って指さしたところは松の木があって、たしかに看板が出ていた。

 古い木の看板で、正流の言うとおり、木は黒ずみ、文字は薄くなって、もう読めない。

 「それが何なの?」

 べつにもう正流に怒っていたわけではないが、ちょうど首の後ろから背中にタオルを入れてごしごし始めたところだったので、無愛想な言いかたになった。

 「その松のところから槍を投げられて、そのいずみ主馬しゅめって殺された」

 「え?」

 体が止まる。止まったのが思い切り体を反らして手を伸ばしたときだったので、「いっ」となって、龍乃はタオルを引き出した。

 正流の横まで行く。

 松を見て、それから、後ろを向いて、塚を見る。

 「なんだよ?」

 正流がその龍乃の動きを見て言った。

 「たしかに槍投げの槍なら届く」

 「ただし、この狭い場所だから、助走なしな」

 「うん」

 龍乃が、もういちど首を動かして、松と塚との距離を見る。

 ぶすっと言う。

 「それでも届く」

 「ただ、藩主の通り道だからな。当然、通る前にはあやしいやつがいないか調べてるだろうし、そこに槍を持って隠れて。しかも、殿様の周りは取り巻きとかが固めてるしな」

 「ああ、そうか」

 龍乃はつっかえていたものが取れたみたいに思った。

 「それで投げたんだ!」

 「は?」

 今度は正流がわからなさそうにする。

 「いやあ。この距離で殺すんだったら、投げるより、走り寄って槍でぶすっと刺したほうが確実じゃないかな、って思ったんだけど、走り寄ったら阻止されるから、投げたんだね」

 「ああ」

 正流はとまどいながらも、話しについて来る。

 「たぶん、そうだな」

 でも正流にはわかっているかどうか。

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