第73話 天羽佳之助(元造船所社主)[4]
「いいですか?」
「あのひとは、十年以上、あなたたちの家の家計を一人で支えてきたんですよ。その家からあのひとは身ひとつで追い出された。ああ、いやいや。勝手に出て行ったなんて言わないでくださいね。ご飯の入ったご飯
「いや、あれは……」
一時、頭に血が上っただけで、と言わなければいけない。
出て行かれて迷惑しているんだ、迷惑してるのはこっちなんだ、と言わなければいけない。
そうだ。こちらから三くだり半を突きつけると言って、やっていなかった。それを先にやっておけば……。
「あ、あんたは」
首から始まった震えが、頭にも、体にも伝わって行く。
体じゅうがぶるぶる震え出す前に言わなければ!
「てっ……てる
勇気をふるって、そこまで言う。
黒野氏はまた目を細めて横目で
この場で、てる
いや、それが二千万ではなく、五千万なんかだったら!
それだけは確かめねば!
「ど……どうなんだ……?」
「どうでもいいけど」
黒野氏は言って、佳之助氏から目を離し、前を向いた。
「もうちょっとていねいな話しかたをしてくださいませんかねえ?」
噴水のある池のこちら側で、小さな子どもたちが
そちらに目をやったまま、言う。
「あのひとははまったく知りませんよ。だいたいね、あのひとは、わたしがまだ生きていることすら知らないはずだ」
てる美の差し金でないとわかったので、少し攻めに転じられると、佳之助氏は思った。
「じゃあ、どうして、いまみたいなことを言うんだ? いや、どうして、あれがどんな生活をしてるか、知ってるんだ?」
ふんっ、と、黒野氏は
「店がつぶれたことぐらい、インターネットを見ていればすぐわかりますよ」
黒野氏は短く笑った。
インターネット……?
佳之助氏は、スマートフォンを電話と健康管理にしか使わないから、インターネットと言われてもよくわからない。
そういうのがあるのは知っている。うそを流したりみんなで弱いものいじめをしたりする、ろくでもないものらしい。
でも、それだけだ。
黒野氏は落ち着いた話しかたで続ける。
「それに、ご存じでしょうが、わたしにも妻がいましてね。お会いになりましたよねえ、あなた方二人の結婚式で」
「あ……あ……」
まったく覚えていない。
「いやあ。女の世間というのはたいしたものですな。人づて、人づてを
黒野氏の唇の端が持ち上がり、笑いが広がって行く。
それが、脅しの笑いなのか、
佳之助氏はまた体全体が短くぶるっと震えた。
「わたしもねえ、そういう頼みにはからきし弱いんですなあ。そういうときに、あなたがここにいらっしゃるのが目に
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