第70話 天羽佳之助(元造船所社主)[1]

 娘に黙れと言われた天羽あもう佳之助かのすけ氏は、まっすぐ家に帰る気を失っていた。

 こんなひるなかに、家に帰って何をするというのだ。

 それで、岡下おかした駅という矢印に従って車を走らせると、やたらと道幅の広い道路に出た。

 道幅が狭すぎるのも困るが、こんなに広い道路を作ってどうするのだろう、ちょうどいいや、と思って路上駐車しようとしたら、ちょうどそこにいた女の警察官が飛んできた。路上駐車は禁止だという。

 「なんだい! 女のくせに一丁いっちょうまえに警官の格好なんかしやがってよ!」

ということばが口から出そうになった。

 だが、駐車禁止のところに停めてレッカー移動なんかされたら、いくらカネを取られるのだろう?

 カネは、ない……。

 だから、

「じゃあ、どこにめればいいんだ」

と不機嫌に言うと、その女の警官はいやがりもせず、この近くで車を停められるところをいくつか教えてくれた。

 そのうちで、いちばん近い、ただし、無料で、機械式ではないところに車を停めた。

 駐車場を出たところがちょうど公園になっていた。

 そんなに広くはないが、四角い土地のまん中に池を作り、周りを花壇で飾り、周りをちが取り巻いている。ありきたりの公園だ。

 ありきたりだが、公園なんてそれでけっこうだ。

 そう思って、佳之助氏はそこのベンチに腰を下ろした。

 そのままずっと座っていた。

 木陰のベンチに座る天羽佳之助氏を見て、通り過ぎる人はどう思っただろう。

 眠そうな老人、やることが何もないひまな男、達観たっかんした人生のベテラン……。

 大型犬の散歩をしていた体の大きい男の人は、その佳之助氏ににっこり笑って会釈えしゃくをして通り過ぎた。もしかすると、そいつの知り合いのだれかと間違えていたのかも知れない。

 佳之助氏は、しかし、考えていた。

 懸命に、考えていた。

 二千万!

 おれの二千万はどうなる……!

 ばかな政治家どもが「バブル崩壊」とかを起こしたせいで、あの女ペテン師のせいで、そして無能な証券会社のアドバイザーとかのせいで、そこまで目減りして、それからだいじに守り続けた財産だ。そのだいじなだいじな財産で、あの土地を買い、家の建築を依頼した。

 つまり、後がないのだ。

 遺跡……文化財……文化財保護法?

 冗談じゃない!

 そんなものに、おれの一生の財産を取られてたまるかってんだ!

 そう、すごみたいところだけれど。

 佳愛かあいの話だと、時効などというものは実際には使えない制度だということだ。佳愛の話はよくわからなかったけれど、つまり、そういうことだ。

 佳愛が嘘をついた?

 ばかな。

 あいつは、父親のこのおれとまた二人で楽しく住めるようになるのを楽しみにしているはずだ。

 そう。二人で、だ。

 佳愛と自分のあいだを引き裂くことばっかり考えていた、あのばかな妻抜きで、二人で、だ。

 では、あの本松もとまつという建築屋が嘘を?

 それもないだろう。あの男にもわけのわからないところがあるけれど、少なくとも、この家を建てる仕事がなくなれば、あいつだって路頭ろとうに迷う。なにしろ、二千万もの大金がかかっているのだ。

 ともかく、周囲から見えるような大ごとにしてしまったからよくないのだ。最初からひっそり埋めてしまえば……。

 あの建築業者のやつめ! よく調べないで重機を入れたりするから、こんな大ごとになって、黙って埋めておくことができなくなるんだ……。

 普段ふだんならばそこで考えは止まっていただろう。

 だれかにそのことばをたたきつけて終わりにする。

 でも、そうするだけの気力がいまは出ない。

 そこで考えが続いてしまう。

 あんな土地を……あんな土地を買ったのがまちがいだったのだ。

 だが、佳之助氏に買えて、しかも佳愛と二人で住む家を建てられて、その家の新築代金も支払ってだいじょうぶな土地は、宮永みやながに近いところには、あそこしかなかった。

 ええい!

 最初から迷わずにラスベガスに土地を買ってしまえばよかったんだ。

 その天羽佳之助氏は、この公園を通り過ぎる人たちには、どう見えたろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る