第63話 堀川龍乃(中学生)[1]
スイカをごちそうになり、麦茶もごちそうになり、そのうえ
「この近くに女の子が平気で入れるようなきれいな公衆トイレなんかないわよ」
と
バス停のところまでてる美さんに送ってもらう。
「今日はありがとうございました。ごちそうさまでした」
言って、正流が頭を下げる。龍乃も並んで頭を下げた。
「また来てちょうだいね」
てる美さんが言う。龍乃が
「あ、ぜひ」
と答えた。正流も
「またお礼に来ます」
と言う。
てる美さんは、ひょこっと肩をそびやかした。
「でも、今日、会ったのは、三人だけの秘密にしよ。龍乃ちゃんもセイちゃんもお父さんお母さんには言いっこなし」
いたずらっ子のように言って、笑う。
てる美さんは、龍乃は龍乃と呼んでいるけど、どうも「正流」という名まえが前半しか聞き取れなかったらしく、ずっとさっきからセイちゃんと呼んでいる。
正流がいいなら、それでいいけど。
それに、いまの話には、龍乃は正直ほっとした。
お母さんに、
「え? でも、それじゃ……」
正流もとまどっている。てる美さんは笑った。
「だって、立場が逆で、わたしの娘がだれかの世話になって帰って来たら、まず、知らないひとに声をかけられてついて行くもんじゃありません、って怒るでしょ? それから、そのひとの住所を突き止めて、電話番号がわかればお礼の電話をするし、そうでなければその住所まで
なんだ、ぜんぶわかってるんじゃないか、と龍乃は思う。正流が、それでも
「でも、だとしたら、今日のお礼が……」
と言う。
まじめだ……。
「それはお
てる美さんが言う。
「それに、もしいまのスイカのお礼とかしたいんだったら、お父さんやお母さんにしてもらうんじゃなくて、自分で稼ぐようになってから、龍乃ちゃんセイちゃん本人にしてほしいな」
そして、また、
「十年後ぐらいにまた訪ねて来て。わたし、待ってるから」
その姿は女優さんのようにきれいに決まっていて、龍乃はどきっとする。
それからてる美さんはいきなり笑った。
「いや、十年も経たなくてもいいよ。お礼とかなくてもいい。だから、またこっち来たら気軽に訪ねて来て」
三人はバス停に着いた。相変わらず人気はない。さっきはバスが停まっていたけれど、いまはその姿もない。
それじゃ、と、別れの挨拶をしようとして、龍乃は、こういうときには、何々さんにもよろしく、とか言うんだったな、と思い出す。
でも、じゃあ、だれに?
「そういえば、てる美さんにはお嬢さんがいる、って、じゃなくて、いらっしゃるんですよね?」
その龍乃の敬語のミスに、てる美さんはくすくすと笑った。
明るくてよく笑うひとだ。
「お嬢さん」まではうまく行ったんだけどなあ……。
「うん。一人、ね」
「どこかこの近くの学校ですか?」
滑川地のほうの学区がどうなっているか、龍乃にはわからない。
てる美さんは「くすくす」よりも大きく笑った。
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