第58話 三善結生子(大学院学生)[9]
先生が言う。
「たとえば、文芸部連合合宿だったから、文化部連合の旗を「文連の旗」と言って伝えることができたわけだよね? これがただの文芸部合宿だったり、そうねえ、文芸部合同合宿だったりしたら、「文連」ではダメじゃない? 両方の略語が同じ「文連」になる。これがたまたまで、旗を残そうとしたひとが、文芸部連合合宿というのがあるからそれを利用したのか、それとも、もっと積極的に、旗を残すときにわざわざ「文芸部合同」じゃなくて「文芸部連合」と名まえをつけさせたのか、両方の可能性があるでしょう?」
それはそうだろう。
口調が熱を帯びてきた先生に、いちおう反応しておく。
「じゃあ、お姫様が信仰されるようになったきっかけも、文化部連合闘争とかを文芸部連合合宿に読み替えてごまかせるような、それと同じような事情があったに違いない、ってことですよね」
「そうなんだよね……」
またわざわざ弱気なところを見せる!
その事情はわりと推測がついて、しかも、そちらの線をたどると、お姫様はいなかったという説に行ってしまう。
お姫様の名前は「
「玉藻」というと、「玉藻の
ところで、その、
どうしてそんなあだ名になったのかわからないけれど、本人たちも使っていた。
江戸時代のことなので、正妻は江戸住まいだ。行熾が帰国しているあいだは、帰国した行熾とは手紙のやり取りをしていた。
いい夫婦だったのかどうか、どちらからもけっこうたくさん手紙を書いていて、それが残っている。
そこでは行熾は妻を「狐様」と呼び、妻も自分で自分のことを「狐」と書いている。
となると、藩の領民もその「狐」という名を知っていただろう。
そうすると、この行熾の妻狐御前から、一時代前のヒロインとして、有名な狐の名まえを取った「玉藻姫」という姫が創造された。
「玉藻」とは、藻、とくに海藻を美しく呼ぶ言いかただ。その「玉藻」という名まえを持っているのは、海辺の女神さまとしてもちょうどいい。
それで実在の奥方から海の女神さままで
これは卒論を書く前から思いついていた。
でも言ったことがない。今回も黙っていようと思う。
「うんーっ!」
先生がもどかしそうに色っぽい声を立てる。
「わたしがこれだけしゃべってるんだから、
はあ?
まだ何か言わないといけないの?
それが、パスチャライズドミルクのミルクティーの対価?
……いや。
そうだとすると、納得できる。
これはお店で五百円で出したら安すぎる。千円はいかないとしても、八百円ぐらいだろうか。
それだけ先生に何か貢献しないといけない。
だから、とりあえず最初から感じていたことを言ってみる。
「じゃあ、どうして、その文連の旗っていうのが文化部なんとか闘争の旗だっていうのをきちんと伝えなかったんですか? その、文芸部の連合合宿とかの人たちに。だってだいじなことでしょう?」
ミルクティーを飲み干す。これでパスチャライズドミルクのミルクティーとはしばらくお別れだ。
先生は
怪訝なのか、それともまじめなのか。
それとも、やっぱり色仕掛け?
結生子に色仕掛けをしても、何も出ないのだけど。
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