第49話 堀川龍乃(中学生)[2]

 てるさんはなかに引っこんだままなかなか出て来ない。

 ふと、お茶だけではなくて、何か作っているのかも知れない、と気づく。

 「あ!」

 さっきのもわもわ感がいきなりよみがえる。

 「どうした?」

 正流せいりゅうが振り向く。

 「いや」

 黙っているほどのことでもないが、てる美さんに聞こえたらいけない。

 声をひそめて正流に言う。

 「ほんとに海鼠なまこサラダ持って来てくれたら、どうしよう、っていま考えた」

 「そんなことじゃないかと思ったよ」

 正流はとくにちゃかしているわけでもなさそうだ。

 でも、ほんとうにそこまで読んだのか?

 正流と龍乃たつのはそこまで以心伝心なのか?

 それとも龍乃の考えることが単純で見抜かれやすいってだけ?

 たぶん、あとのほうだな、と思うと、ちょっとへにゃっとなる。

 そこへ、てる美さんがさっさっさっと歩いてきた。いい姿勢で、大きいお皿を持っている。

 来た、やっぱり海鼠サラダだ!

 ――と思ったのは一瞬だけだった。

 それは黄色いスイカだった。両端を手で持って食べやすいように、半円形に薄く切ってくれている。

 「そういえばこれもらってたんだけど」

 てる美さんはは、縁側えんがわの向こう、たたみの部屋のいちばん端に、きれいに正座した。

 「わたし一人では食べきれないから、ちょうどいいと思ってね。よかったら手伝って」

 いきなり食らいつくのは失礼かな、と思ったけれど、そのスイカのつやと黄色い色を見ると、その魅力にはどうにも逆らうことができなかった。

 「いただきまぁす!」

 がぶっ! それでも「いただきます」を言ったのだからめてもらってもいい。

 「うーんおいしーいたまらなーいっ!」

 正直な気もちを声にする。そこまで見てから、寺のあとぎの正流は

「いただきます」

とおとなしく言い、おとなしくスイカを手に取って口に運んだ。

 女の人は穏やかに笑みを浮かべてスイカを食べる二人を見ていたが、やがて自分も一つ取って食べ始めた。

 「いや~これおいし~ですねいや~ほんとさいこ~っ」

 龍乃はすなおにスイカをたたえることばを並べる。それぐらいほめておかないとスイカに悪いと思った。

 てる美さんにはもちろん、スイカにも。

 それでも、龍乃は、じわじわと気づいてはいた。

 「わたし一人では食べきれないから」?

 このてる美さん、ここに一人で住んでいるのだろうか?

 この、龍乃の家と同じくらいか少しだけ狭いぐらいの家に?

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