第48話 堀川龍乃(中学生)[1]

 女の人の家はさっきのバス停から少し横に入ったところだった。

 この滑川なめかわという街がバス停のまわりの家四軒だけというのは早とちりだった。

 バス停からさっきの自動販売機のあるお店の横を回ると、その先にはずっと家が続いていた。

 つまり、バス停と道路が、街の端っこに造られたのだ。しかも、そのお店と竹藪たけやぶで、街の入り口が隠れていた。

 でもさびれた感じには違いない。

 ラーメン屋が一軒、喫茶店らしいお店が一軒あったけれど、入り口の上の軒が崩れていたり、ショーケースにほこりがたまっていたりした。もう何年も店は開いていなさそうだ。

 人通りもない。女の人と、自転車を押して歩く二人の中学生の三人連れは、その女の人の家に着くまで、だれにも会わなかった。

 女の人の家はその道を二分か三分歩いたところにあった。

 「谷端」という表札が出ている。

 女の人は玄関から入ったけれど、中学生二人には裏に回るように言い、いちど玄関から引っこんだ女の人は家の向こう側の角から姿を現した。

 その家は、岡下おかしたの街のどこにでもあるような、コンクリートというのかモルタルというのかよくわからないけど、わりとざらっとした壁の家だ。

 奥がどこまであるのかわからないけれど、これだと龍乃たつのの家のほうが広い。

 正流せいりゅうの家とは、どうだろう?

 「ちょっと待っててね」と言って玄関から入った女の人が向こうから出て来て手招きするので、自転車を押したままそちらに行く。行ってみるとそこが庭だった。

 隣の家とのあいだにブロック塀があり、その塀までのあいだに透明なビニール板がかけてあって、庭の上全体を覆う屋根になっている。これだと雨の日でも自転車がぬれずにすみそうだ。

 でも、その透明な屋根の下には庭木が何本か植わっている。この木が大きくなったらどうするつもりだろう、と、龍乃はふと思った。

 そこの廊下が縁側えんがわになっていた。女の人は、自分でその縁の上に上がり、

「はいはい。座って座って」

と言う。龍乃と正流は二人で顔を見合わせてうなずくと、自転車を庭に置き、靴は脱がないでその縁に腰を下ろした。

 女の人はそのまま家に入って出て来ない。

 でも、もし、女の人が悪い人であっても、ここならば、自転車にびついて全力で漕げば、なんとか逃げられる。

 もちろん、ここの街の全員がこの女の人とグルだったらアウトだけど、そうなればもうホラーかサスペンスの展開だ。ホラーかサスペンスの感覚で脱出してやろう。

 それに、龍乃の感じだと、家に入ってから、この女の人がまとっていた「正体不明」さが急に消えた。

 「谷端って表札に書いてあったな」

 正流がぼそっと言う。

 ここに来るまでの話で、名まえは「てる」だと言っていた。だから、この人は「谷端てる美」という名まえなのだろう。

 「たにはたかな、やはたかな、やばたかな?」

 正流は細かいことを気にする。

 「知ってるの?」

 龍乃がきく。正流は首を振った。

 「うちの檀家だんかにはいない」

 そうか。

 お寺だもんなあ。

 覚えなければいけないんだ。檀家さんの名まえを。

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