第42話 堀川龍乃(中学生)[2]

 サングラスをかけた体の大きい不良高校生集団だったらどうしよう。

 いや、だったら、やめてくださいやめてくださいといやがるふりをしながら、地の利を活かして、みんな海にたたき込んでやろう。海藻だらけの海に。それでそいつらは戦闘意欲を喪失する……。

 いや。

 その前に逃げるための退路を確保するように動いたほうがいいな。

 そのためにはこの広い海岸をどう動けばいいだろう?

 でもそんな心配はいらなかった。

 歩いてきたのは、浴衣ゆかたを着た女の人だったから。

 一人だけだ。

 歳はお母さんと同じくらいだろうか。でも、色白で、何かどきっとする感じがする。

 背は高い。そのひとが、白っぽい浴衣に日傘ひがさを差して、坂道を下りてきたのだ。

 いているのは草履ぞうりで、雨の日とかに使うおおいをかけている。砂が入るからだろうか。

 やっぱり、靴を履いているのとは違う、上品な歩きかただ。

 正流せいりゅうが、体の向きを変えて、女の人の視線から龍乃たつのの体をさえぎるようにし、お辞儀じぎした。

 「おじゃましてます」

 なんかへんな挨拶あいさつだなと思ったが、じゃあ、どう言えばよかったのだろう。

 「あらあら。べつにここ、わたしの海じゃないし」

 それは、そう言うよな。女の人の声は、さばさばした感じだったが、ふだんの何気ない話というには、ちょっと気取っていた。

 「でも、ここ、だれもいませんよ」

 正流が言い返す。ああ、いらないことを言って、と、龍乃はひやっとした。

 女の人はふふふんと軽く笑った。

 「ここの村もさびれたからねえ」

 ちょっと芝居がかってそう言ったときには、女の人は正流と龍乃のすぐ前まで来ていた。

 二人の後ろを波が洗い、またあのしゃーっという音が流れていく。

 女の人は軽く首を傾けて笑って見せた。

 「昔はさ、ここの底のみたいなのをぜんぶって、海水浴場として売り出そうとしたこともあったけどさ。わたしがあんたたちぐらいのころか、いや、もうちょっと年上かな」

 そう言って、女の人はまた軽く笑う。

 正流はまだ警戒を解いていない。龍乃も同じだ。

 でも、この女の人の、何を警戒するというのだろう?

 「それで、でっかい回転するかまみたいなのがついた船を入れて、藻を刈ってみたら、どうなったと思う?」

 日傘の下で軽く首をかしげてみせる。

 日傘を通った日の光で女の人の顔と浴衣がふわっと明るく浮き上がる。女優さんみたいだ。

 ほんとうに女優さんなのだろうか?

 「わかりません」

 正流が正直に答える。浴衣の女の人はきれいななで肩の肩を引き上げてふふふふっと笑った。そのままいたずらな笑い顔になる。

 「海鼠なまこだらけ」

 正流が、「は?」という顔になる。それを見て女の人はまた笑った。

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