第33話 星淳蔵(農業)[1]

 永遠ようおんちょう西にし一丁目の農業ほし淳蔵じゅんぞう氏の家に、西原にしはらさんの家の跡に家を建てようとしている人の家族がきん一封いっぷうを持って挨拶あいさつに来た。

 その金一封は掃除代の足しにしてほしいという。また、午後は警察の現場検証があるので、少々お騒がせするかも知れません、と言っていた。

 甲峰こうみねの人間なんてろくでもないんだろうと思っていたら、はきはきと明るく応対する女の人だった。まだ若い。

 ついて来た男は建築家だという。

 玄関での応対は希美のぞみさんがやっていたので、淳蔵氏は茶の間ののれんからちょっと顔を出して挨拶しただけで、あとは座ってその事情説明をきいていた。

 茶の間は玄関のすぐ横なので、説明はよく聞こえる。

 事故の説明は、その建築家という若い男のほうがやっている。

 西原さんの家に、図面にもない地下施設があって、その天井の石が割れてブルドーザーが落ち込んだ。地下には大量のすすと灰がたまっていて、それがブルドーザーが落ちた勢いで舞い上がり、あのきのこ雲になったというのだ。古墳とかの遺跡かも知れないので、これから調査するという。

 このひとがこう説明する以上、ミサイルでも核爆発でもないのだろう。

 安心した。

 冷蔵庫を開けて冷やした麦茶を出し、ガラスのコップに注ぐ。

 座って、玄関の話をきいている。

 「ところで、もしわかったらちょっと教えていただきたいんですけど」

 その甲峰の女が言った。

 「あ、はい。なんでも」

 希美さんが答えている。

 「ここの町って、還郷かんごう帰郷きごうの対立ってあります?」

 「なんですって?」

 何だろう? 甲峰の女の人は、短く、あっ、と声を立てて、

「村によっては、本村ほんそんりゅう帰村きそんりゆうとか、やまがえりと相模さがみわたりとか、いろんな言いかたをするみたいですけど」

と説明する。

 ああ、そのことか。

 もし希美さんがわからないなら説明に行かないと、と思ったが、

「ああ、あの、家老かろうがたひめがたか、っていう?」

と応対した。さすがだ。

 「はいっ」

 甲峰の女の人はわかってもらえて嬉しかったみたいだ。希美さんが説明している。

 「このあたりは、やっぱり姫方ですね。だいたい、このあたりって、家老方がいませんからね」

 「あ、よかった!」

 なに?

 淳蔵氏は、相手はそこで暗く黙るか、力なく「そうですか」と言うと思っていた。そして、また希美さんがうまく応対できないなら、出て行って、

「まあ、そんなことは気になさらず。ここではみんな分けへだてなくつきあっていますから」

とでも言おうと思っていた。

 でも、「よかった」?

 甲峰は、その姫をとらえて突き出したという伝承があるくらいの村で、家老方ではなかったのか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る