第30話 三善結生子(大学院学生)[1]
つまりは、先生のお
まあ、いいけどね。
ほんとにそうなんだから。
その作業が終わったところに、二人の学生のうち森戸杏樹のほうが卒論計画書を返してもらいに来た。元老院のほうの子だ。
お調子者の杏樹とクールで厳しい
瑠里さんは性格がよくて、明るい。その瑠里さんがいてくれたので、千菜美先生が容赦なく叩いた計画書をもとにこれからの計画をどうするか先生も含めて四人で考えるという雰囲気になった。先生も厳しいことばを連発することもなく楽しく夏休み前の指導が終わったので、ほっとした。
瑠里さんは育ちが違うんだな、と思う。
杏樹に続いて瑠里さんも自分の文献を持って帰って行った。仁子ちゃんは研究対象の古墳群で調査をしている研究者に出土した遺物を見せてもらいに行っているので、来るとしても明日以後だ。
それで、先生と結生子とで「『
結生子には、もう一つ、中世荘園文書についてのゼミレポートが残っているけれど、これは後まわしだ。あらためて催促されたら別だけど、それまでは後まわしだ。
いまの
「このあたりだと、永遠寺の昔の境内に入ってますね」
結生子が言うと、先生は
「昔の境内って、結生子ちゃん、どこまでが永遠寺の境内だったか、知ってる?」
さっそく絡んでくる。
面倒くさい!
「いいえ。先生はご存じですか?」
「史料がないのよ。絵図とか、土地文書とか。明治になって
だったら、最初からそう言えばいいじゃない……。
「永遠寺の何かでなければ、戦時中の
千菜美先生は言いよどんだ。
「でも、できればそれより前の時代のものであってほしいよねぇ」
「それは、これだけ史料を準備したのがむだになるから、ですか?」
冗談めかして結生子がきく。千菜美先生は、色っぽい流し目で結生子をにらんだ。
「違うわよ」
言って、目を閉じてから、さっきより目を伏せて、それでも流し目で結生子を見て、続ける。
「防空壕で、なかが
千菜美先生はことばを切ってから、続けた。
「おそらく、なかにいた人ごとね」
結生子は黙って肩をそびやかして、目を伏せて見せた。
もしそうなら、そこには「丸焼け」になった人の遺骨が残っている……。
結生子は、遠い親戚がお寺で、子どものころからよくそこに泊まりに行っていた。ただ泊まるだけでなく、長期滞在していたこともある。千菜美先生と知り合ったのもそのお寺でだった。
お寺でお葬式は間近に何度か見た。もちろん自分の知らない人のお葬式だ。そして、皮肉なことに、自分と血のつながりのある祖父の葬式には出ることができなかった。
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