第29話 天羽佳愛(金融系企業勤務)[2]

 「たとえば、朝起きてみたら自分の土地に百万円の札束が落ちてたとするでしょ? それが自分のものでないとしたら、それを警察に届けないと犯罪になるよ? それとおんなじことだよ」

 「それの何がおんなじなんだ?」

 勢いが弱まってきた。

 前に自分が抵当ていとうけんの交渉を担当した土地で埋蔵まいぞう文化財の問題が持ち上がったことがあって、そのときに勉強した。あのときは、ほかの案件も抱えていて、なんでこんなことを勉強しなければいけないのかと思ったけれど、それがいま役に立っている。

 何が同じか、というと。

 「落ちてた百万円も、埋蔵文化財も、黙って自分のものにしてしまったら横領おうりょう罪になるっていうこと」

 「だれが?」

 「お父さんがよ」

 「横領って、おまえ」

 父親は、佳愛かあいから目をらす。

 「そんな……おれは自分の会社を経営して一度だって警察の世話になんかならなかったってのに……横領なんて、そんな……」

 父親が弱気になったところをもう一つ押す。

 「いやだからね。わたし、お父さんに前科がつくなんて」

 父親はおろおろして、佳愛を見、佳愛が表情を変えないからか、救いを求めるように本松さんの顔を見た。

 そこで、本松さんが笑顔をつくって見せたのが、父親をまた勢いづかせてしまったのだろう。

 「何を言う! 時効ってもんがあるんだぞ! おれの前に住んでた人間の権利なんかとっくに消滅してるわい! 法律法律っていうなら、それぐらい勉強してから言え!」

 勉強したので、平然と言い返す。

 「所有権の時効は、新しい持ち主が占有せんゆうを始めてから二十年だよ。つまり、ここがお父さんの土地になってから、二十年」

 占有開始のときに善意ぜんい・無過失ならば十年だが、いまのばあい、善意でも無過失でもなさそうだ。

 さらに、法律には「平穏に、かつ、公然と」とある。これだけ大騒ぎをして黙って埋めてしまって、どこに「平穏」や「公然」があるというのだろう?

 この親に「公然」と言っても通じないだろうから、

「しかも、ほかの人にもわかってる状態で持ち続けないといけないんだよ。ブルドーザーで埋めてしまったら、ほかの人にもわかっている状態にならないから、いつまで経っても時効は成立しないよね」

 「おまえは!」

 父親は顔を引きつらせて言った。つづけて言うことができないで、しばらく止まってから、言う。

 「だれの味方だ」

 「だから、わたしは、お父さんが逮捕されたり前科がついたりするのはいやなの!」

 「おまえは余計な心配はしないで……黙っとれ!」

 「余計じゃない心配だから心配してるの! お父さんこそ黙っててよ」

 「おっ……おまえ……」

 「なに?」

 「……」

 黙らせた。

 いまほんとうはもう一つ言いたいことがあった。

 ここは父親一人の土地ではない。父親と佳愛の二人の名義だ。

 佳愛が望んだからではない。父親がそういうことにして、そう登記してしまったのだ。

 だから、ここの土地をどうするかの権利の半分は、佳愛にもある。

 だが、それを言うのは、次に父親が荒れたときに取っておこうと思う。

 いっそのこと、ここから貴重な遺跡でも出てくれないかな、と佳愛は思う。

 それだったら、この家は完成せず、佳愛ももう一度父親と一緒に住むなんてことにならずにすむのに。

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