第28話 天羽佳愛(金融系企業勤務)[1]

 けっきょく、午後の仕事は替わってもらって、半休を取った。実際には朝の一瞬しか会社にいなかったのだから、一日休んだ扱いにされても文句は言えない。

 あのあと、警察も来て、警察の現場検証と埋蔵まいぞう文化財調査をどう調整するかという話になり、それだと横川よこかわ博子ひろこでは対応できないということで、博子さんは市役所に戻って行った。現場には巡査が一人張り付いている。

 その間に、あの嵯峨野さがのさんのおばさんにも入ってもらって、近所にお詫びと説明に回る相談をした。掃除代として金一封を渡すことにする。ともかくもすすと灰を空から降らせてしまったのだから、掃除代は必要だろう。

 その金一封はとりあえず本松もとまつさんに立て替えてもらうこととし、本松さんに駅前の銀行まで行ってもらった。

 佳愛かあいの勤め先が金融機関なのに本松さんに立て替えてもらうというのもへんだが、自分の勤め先はここからだと遠いし、個人的な支出なのだから会社に立て替えてもらうわけにもいかない。

 その本松さんが帰ってきて、まず話し合いの場所まで貸してくれた嵯峨野さんにあらためてお詫びと感謝を述べて最初のきん一封いっぷうを渡し、その嵯峨野さんのアドバイスで近所を回ろうとしていたところへ、佳愛の父が到着した。

 その瞬間から、すべてがややこしくなった。

 「そんなものは埋めてしまえ!」

 父親は、建築事務所の本松さんからの説明を早々にさえぎってそう叫んだ。

 「そんなものは最初からなかったことにすればいいんだ!」

 「そうは言ってもね、お父さん」

 佳愛が割り込む。

 「おまえは黙ってろ!」

 予想どおりの反応なので、しばらく黙ることにする。

 「いえ。それはできないです」

 本松さんが平然と言う。

 「できないって何だ!」

 父親はる。

 「ブルドーザーがあるんだろう? それで土をざーっとかき集めて埋めてしまえばしまいじゃないか。何を迷うことがある?」

 この本松さんという建築士さんがこの仕事ができているのは、この父親にこういうふうにすごまれても少しも怖じ気づかないからだ。いまもたんたんと言い返している。

 「だから、そういうことはできないんです。つまり、文化財保護法という法律があってですね」

 「そんな法律は知らん! だいたい、地面に穴がいただけの話だろう? 開いた穴は埋める。埋めてどこが悪い!」

 「だから、それが遺跡かも知れないんです」

 「かも知れないって、違うかも知れないじゃないんだろうが!」

 「だから調査が必要なんですよ」

 「ばかを抜かすなっ! かも知れないというだけでそんな手間を取らされてたまるかいっ! いいかねだいたいわたしは君の事務所の客だぞ? 客の言うことが聞けんというのか! だったら別のところに仕事を頼んでやる! 二千万の仕事だぞ! それを君の事務所はみすみすパーにするんだぞ! どうだ。それでもいいか!」

 別のところに仕事を頼んだらもっと割高になるって!

 もーっ。

 「お父さん」

 佳愛がもういちど割って入った。

 「いま本松さんがもしこの工事から手を引かれたりしたら」

 引いたりしないだろうけど、でも、そういうことにする。

 「文化財調査で工事が中断するより、ずっと家の完成が遅れるよ? いいの?」

 おカネの話をするか時間の話をするかで迷ったが、けっきょく時間をとった。

 おカネのことを言えば、この父親は、何の根拠もなく、もっと安くやってくれる店ぐらいすぐ見つけられる、と主張するだろうから。

 「そんなばかなことがあるかいっ!」

 父親は地面にぺっとつばを吐いて見せた。

 「ここはおれの土地だ! おれが埋めろと言ってるんだ! 埋めろと言ったら埋めんかいっ! そして埋めたら予定どおり工事を進めるんだ!」

 佳愛は本松さんとアイコンタクトをとる。本松さんは微笑している。本松さんには黙っててもらって、佳愛が父親に言う。

 「ここがお父さんの土地でも、出てきたものはお父さんのものじゃないでしょ?」

 父親は血走った目で佳愛をにらみつけた。

 「それはどういうことだ! ここはおれの土地だ。おれの土地から出てきたものはおれのものだっ!」

 言うことがジャイアンみたいなので佳愛はぷっと吹き出す。

 「何がおかしいっ!」

 父親は顔を赤くしてわめいた。

 「だって、ここの土地がお父さんのものになったのって今年の五月のことじゃない? お父さんが買ったのは土地だけでしょ? その前にこの場所にあったものは、当然、そのものの持ち主のものだよ」

 「なんだおまえ!」

 見下したように言う。

 「ここは自分の土地だぞ。自分の土地のものも自分で好きに処分できんっていうんかい?」

 「それはそうでしょ」

 佳愛はクールに答える。

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