第24話 三善結生子(大学院学生)[3]

 結生子が何を思っているか、見抜かれたようだ。

 「結生子ちゃん、パス」

 「パス」という表現がまたかわいい。

 「はい」

 結生子はすなおに従った。

 ここは先生に任せたほうがいい。それに、先生が自分で作ったサンドイッチをよく味わって食べる時間はかせいだ。

 自分のところで先生が電話を取ったのを見て、結生子は受話器を置く。

 「はいはいはい。横川博子さんね。もちろん覚えてますよ」

 しゃべるとちょっとオバサンっぽいのがこの先生のかすかな欠点だ。

 いや、逆だ。この先生は、年齢からいうととっくにオバサンのはずなのだ。

 どうしてこんなに若々しいのだろう?

 もともと化粧品会社の会社員だったという。お化粧がうまいのは確かだ。でも、ときにはティーンエイジの女子のように見えることがある。お化粧だけではない、身のこなしで自分をさまざまに見せられるのだ。

 さまざまな「美しい女」に。

 「はいはい。ネットに出てましたよ、テロとか、某国のミサイル弾着だんちゃくとか」

 それに、どうしてあれだけ仕事を抱えてネットの怪しげな情報まで目を通してるんだ、この先生は……!

 いまは学部生が持って来た卒論計画書のチェックをしてるんじゃなかったっけ?

 結生子が憎まれ役になって催促してようやく提出させたやつ……。

 「で、それが永遠寺の? うん。気になるわねぇ。煤? ってことは、中は乾いてたわけ?いや、舞い上がるってことは、湿ってなかったってことでしょ? 地下水がみたり、温度差で結露けつろとかして、ふつうは水がたまってたりするものなんだけど。うん。いや。もちろんその可能性はあるわよ。最近の人が作った施設、って可能性。防空ぼうくうごうって可能性もあるわね。でも、コンクリートなんかじゃなくて、石なのよね? 確かめたの、建築の専門家だったわよね? いろんな素材を扱ってきた建築士の人が石って言ってるんでしょ? うん」

 そして、千菜美先生がちらっと結生子の顔を見たときには、次に何を言うか、結生子にはわかっていた。

 「それはどちらにしても行ってみないとね」

 ああ、そうやってまた仕事を増やす!

 しかも、結生子がこの地域の近世史を研究したいと言っていることは、先生は知っている。

 わたしも行くことになるんだろうな、と、結生子はぼんやり考えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る