第17話 天羽佳之助(元造船所社主)[1]

 たばこを取りに行こうか、やめようか、という思いが揺れて、けっきょく面倒くささが勝った。

 天羽あもう佳之助かのすけ氏は縁側えんがわに座り直した。

 思い出すのは、昔のことばかりだ。

 三善みよし祥造しょうぞうそうやって自分から造船所を取り上げておいて、けっきょく自分の造船所もたたみ、そして三善一家は村から姿を消した。

 「ざまあみろ、ってんだ!」

 そうひとりごとを言ったとたん、いやな思いがわき上がって、天羽佳之助氏は眉をひそめる。

 べつに喉が気もち悪かったわけでもないが、二つ三つ咳払いした。

 そうだ。ことあるごとに、あの三善祥造はおれにいやがらせを繰り返した。

 やつには孫娘がいた。

 佳之助にも娘がいた。佳愛かあいという、名まえどおりのかわいい娘だ。

 三善の孫娘と佳愛は同い年だった。

 そして、そのせいで、佳愛はその三善の孫娘にいじめられていたのだ。

 佳愛は成績がよかった。トップクラスだった。でも一番になることはなかった。一番はいつもあの三善の孫娘だった。

 同じクラスになったときには、三善の孫娘が委員長で、佳愛は副委員長、生徒会では、三善の孫娘が生徒会長で、佳愛は副会長だった。

 運動会の徒競走でさえ、佳愛は三善の孫娘に勝たせてもらえなかった。教師どもは、三善の孫娘の走るレーンをいちばん内側に設定した。そして、三善の孫娘が一番、佳愛は二番だった。

 学校でまで、還郷かんごう帰郷きごうに勝ってはいけないという鉄則が貫徹していたのだ。教師ども、いや、たぶん、もっと上がそんな不文律を守り続けたのだ。

 しかし……。

 「ざまあみろ、ってんだ」

 今度は、反動が来ないように、さっきより小さい声で言ってみる。

 そう。

 「ざまあみろ」以外に言いようがない。

 その三善の孫娘というのは、高校で、同じ学年の男子に手を出した。それがばれて大騒ぎになり、あの老いぼれの三善祥造は酒におぼれて死んだ。酔って階段から転落したか何かだ。祥造を失った三善家は、村から姿を消した。

 「いわし御殿」と呼ばれた大きなあいつの家は廃墟になり、取り壊された。もちろん、そのハレンチの三善の孫娘も行方知れずだ。

 帰郷家は嘆き悲しんだだろう。でも、還郷家の立場からは、「ざまあみろ」以外のことばがあるはずがなかった。

 「ざまあみろ……」

 それ以外のことばは、ないはずだ。

 それなのに、だ。

 あれは、その三善一家が崩壊したあとのひめまつりの夜だった。

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