第16話 星淳蔵(農業)[2]

 「あっ……あんたは自分でそれを見に行ったんですか?」

 「いえ」

 希美のぞみさんは相変わらずのんびりしていた。

 「嵯峨野さがのさんがWiワイエスで、いや、掲示板で知らせてくれたんです。それはもう、ものすごいほこりが舞い上がったそうですよ」

 「掲示板……って」

 掲示板を見に外に出たのか、ときこうとして、希美の言う「掲示板」がインターネットの何かであることに思い当たった。

 嵯峨野さんというのは、その西原さんの屋敷の向かいに住む人で、希美さんが言うのはその奥さんのことなんだろう。

 よく太った、気取らない愛嬌あいきょうのある人だ。すぐに若作りをしたがるのが、その、趣味としてちょっと気になるけれども。

 安心する。

 でもすぐには信じられないと思った。

 「いや。ほこりが舞い上がっただけであんなになるものか? なんせ畑にいたら黒い粒が空からぱらぱらと降ってきたんだ」

 「あら」

 希美さんは小さく驚いた声で受け答えする。

 「お父さん、やっぱり外に出てらしたのですか。ええ。ええ。だから、ただのほこりじゃなくて、ものすごいほこりだっていうことですから」

 「……」

 答えようがない。「ものすごい」とは何がものすごいのだろう?

 でも、放射能はだいじょうぶなのか、などときいたら、笑われそうだ。

 「だから、しばらく外に出ないでくださいね。あんなのが家に入ってきたらたいへんだから、家もしばらく閉め切りますから、ちゃんとクーラーつけてくださいね」

 そう言うと、希美さんは行ってしまった。

 淳蔵じゅんぞう氏の不安は続いた。

 どうして閉め切るんだろう?

 やっぱり放射能というものが入ってくるからではないか。

 再び疑いが湧いた。

 あれが放射能事故だと知っていて、希美さんは隠しているのではないか。

 希美さんはいい人だ。義父によけいな心配をさせないようにと気にしているのだ。

 淳蔵氏は、ふと思いついて、小走りに居間まで行き、テレビをつけた。

 これが某国のミサイルならば、テレビでやっているに違いない。

 敷居しきいに親指をぶつけたけれど痛みも感じない。気にしているばあいでもない。

 つけたチャンネルでは、芸能人におカネを渡してラスベガスで豪遊させ、その一部始終を報告するというバラエティーをやっていた。しばらく見ていても番組は変わらない。チャンネルを変える。しかし、どのチャンネルに合わせても、朝の情報番組か、子ども向け番組か、ドラマの再放送か、そんなのしかやっていない。

 「岡平おかだいら市で爆発」という字幕でも出ないかと思って何度もチャンネルを変えるが、どこのチャンネルも普段どおりの番組をだらだらと流し続けるだけだ。字幕も出ないし速報も流れない。

 ほんとうに核兵器だったらどうするんだ……!

 まったく、東京のテレビ局と来たら、地方のことなんかどうでもいいと思っていやがる。

 さっき敷居にぶつけた左足の親指がいまさらながらに痛んできた。

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